「学習する地域」をつくる① - 十分条件ではない地域ビジョン

今年4月より、自治体を跨いだ広域圏域での観光や地域振興の事業に関わらせていただいております。

2ヶ月が過ぎ、同地が何を目指していく必要があるかについて、個人的なビジョンが見えてきたので、それを記していきたいと思います。
それは、手法や個別具体的な事業・取り組みと言うよりは、同地のあり方を表すものとして浮かび上がってきたものです。
それは永続的で自己発展が可能な「学習する地域」の基礎をつくるというものです。

「学習する地域」という言葉は、ある時ふと頭に湧いたものですが、その元ネタとなるのは、ピーター・センゲなどが提唱している「学習する組織」に由来するものです。
センゲ氏らが始め、世界的に広がりを見せているSoL(Society for Organizational Learning)では、学習する組織を「未来を創り出す能力を持続的に伸ばしている組織」と説明していますが、同じ人が一定の土地(生活・労働圏)という括りを背景に組織化された共同体である地域社会においても組織として置き換えて考えることができるのではないかと思います。
つまり、「未来を創り出す能力を持続的に伸ばしている地域」の基礎をつくることが同地の地域振興・観光振興を推進する上で、もっと言えば「持続可能な本物の目的地・滞在地・居住地と成り得る地域」を共創造していく上で、最も重要となる上位的な課題(KFS)であると現在のところ想定しています。

「学習する組織」には、センゲ氏の著書『学習する組織-システム思考で未来を創造する』において記されているように5つのディシプリン(Discipline:訓練事項)とされる構成要素(後述)があり、それらの要件を認識として踏まえ、機能や能動を創造していくことにより、学習する組織としての有り様が形成されるという示唆があるのですが、「学習する地域」においても、同様にこの5つのディシプリンを地域全体でのアクティビティやマネジメントの中での基礎としながらも、それを支えるソフト的・内在的な機能(Opeating System・5つのディシプリンもその一機能としても位置付けられる)と、それを具体的に機能させる人的・組織的機能及び機構・組織体といったハード的・社会的顕在化された機能の双方が必要になってくるのかと思います。

OSというと、近年だとパソコンを連想しますが、キーボードやディスプレイ、ハードディスクなど様々なハード的機能と、詳しくはありませんがOS、ネットワーク、アプリケーションやフォーマット化されたデータといったものがあって初めてパソコンの運用経験とそこから便益を得るということが可能になります。
世界的に著名な経済学者である宇沢弘文氏は、「ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような自然環境や社会的装置」について「社会的共通資本(Social Common Capital)」という概念を提唱しましたが、まさに社会的な「装置」である「社会的共通資本」の一機能・要素として「学習する地域」という装置を共に創造し、プロトタイピングや検証・修正を重ねながらより効果的なものを運用し、便益を得ていくということが重要になると思います。

この社会的装置としての地域を経営する手段というものは、複合的な要素が重なり合い、形態として変化を遂げながら現在に至る訳ですが、センゲ氏が述べているように、世界と繋がり複雑化した要素が絡み、かつスピーディーな展開が生まれ、かつ人口構造や環境変化などとともに社会的な大きな変化が訪れる兆候を見せている今日において、その解決策を個別セクターや行政区などに分断せず、ともに考え、解決策を創造し、トライアンドエラーを繰り返し、相互に学びを得ながらより良い解決策を模索していく姿勢やあり方(つまりソフト的・ハード的機能)を共に創り上げていくということが必要であるという時代に来ており、そのタイミングであるということのなのだと考えます。

 

本文ですが、タイトルに『「学習する地域」をつくる①…』とありますように、内容について共通のテーマで何回かに分け勝手に連載していこうと考えています。
そして、今回は、それぞれの要素について、現段階に想定しているものをまず挙げてみたいと思います。これは一つの「着想」ですので、これから少しずつ検証や修正を加え、実態に当てはめて考えていくことが必要になると思います。
また、特にハードウェアとして顕在化させる組織的機能及び機構・組織体については、地域の実情や対象となる地域的範囲、産業や人材の構成状況などによって最適な状況というものが大きく違ってくると思われますので、ハードウェアについて、今回言及は一旦棚上げさせていただきたいと思います。これは、同じパソコンの機能といえど、今でもスマホ、タブレット、パソコンのような多様なインターフェースがありますし、発展系ではICTのようなものも考えられると思います。
ここはあくまで、ソフト面の「原型」として一旦提示したいと思います。

<自律的創造のサイクル>
1.関係者の知恵・意欲の引き出し

2.情報運用機能の強化

3.思考の枠の整理・創造

4.学習する地域のOS(学習する組織の5つのディシプリン・地域のOSで顧みる4つの要素)

5.連携・拡散・自己増殖による創造

6.組織・機構を活用した成果の創出

<自律的学習のサイクル>
1.関係者の知恵・意欲の引き出し

2.情報運用機能の強化

3.思考の枠の整理・創造

4.評価・検証

5.自己学習・共同学習

6.マネジメントシステムの運用

7.連携・拡散・自己増殖による創造

相互のサイクルに重複や関連性・影響の及ぼしあいは存在すると思いますが、象徴的な要素として整理したものです。

ちなみに「学習する地域のOS」に関しては、「学習する組織の5つのディシプリン」と「地域のOSで顧みる4つの要素」を基本的な要素として想定しています。
それぞれを標語として列挙しておきます。

<学習する組織の5つのディシプリン>
1.自己マスタリー
2.メンタルモデル
3.共有ビジョン
4.チーム学習
5.システム思考

<地域のOSで顧みる4つの要素>
1.共創体制
2.評価指標
3.公的根拠のパラダイム
4.フィードバック・自己修正システム

以上ですが、個別要素について今後それぞれ説明を加え、一つの「論」として提唱と実証を加えていきたいと思いますが、非常に長たらしくなりそうなので、シリーズとして連載しながら内容を整備していきたいと考えております。
実証を加えつつディテールを作っていくので、途中で修正が加わる可能性もありますが、事前のご了承をお願い致します。

観光・産業振興機構 のコピー.001

さて、今回の副題にもある「十分条件ではない地域ビジョン」についてですが、この全体像を見れば、地域ビジョンというものがどこに位置づけられているかがわかるかと思います。
ここでいう「学習する組織の5つのディシプリン」のうちの「共有ビジョン」に該当する部分が大きいと思います。
つまり「学習する地域」をつくるという命題の中である一つの側面にすぎず、他の要素もしっかり見て、考えて、創っていくということが不可欠ということだと思います。しかしながら、この「共有ビジョン」自体は非常に重要であるということは一方で言えます。

共有ビジョンとは関係者間で共有されている、あるいはしているビジョンということになりますが、これがお題目として掲げられれている「我が社の使命」や既存の行政が策定した「産業振興ビジョン」のようなものであるという訳ではなく、人々の内的な実態を反映している現象であるということが重要になります。
つまり、各人の個人のビジョンと調和し、コミット(それを自分のものとして主体的・能動的かつ献身的に関わり貢献)する意志を持つという実態が反映されているかが重要になるということです。
また、この共有ビジョン(ここでは地域ビジョンないし地域共有ビジョン)は、各人のコミットをもとに生成され、運用されており、同時にそれに基づいた成果指標を持つということが併せて重要になるかと思います。

東日本大震災の際は、多くの人が被災地のできるだけ早くの復興を願い、各人が出来ることでそれぞれが持つリソース(資金・労力・知恵など)を供出したと思います。この時、共通した、あるいは策定され文書化された「ビジョンステートメント」のようなものは無かったと思いますが、それぞれに自律的に、またその中で自律組織化されて、復興のための動きを支えた(もちろん被災地の人々は自分たちの出来ることで懸命に復興のための一歩を踏み出した)のだと思います。つまり、そこにビジョンが共有され、機能していた状態が生成されていたということになります。
この事例のように、そのようなビジョン(共有ビジョン)とは、無理やり「作りあげるもの」ではなく、潜在的に、あるいは顕在化されて「湧き出てくるもの」、あるいは「作りあげられていくもの」であるように思います。

あなたのビジョンはなんですか?、この地域のビジョンは何ですか?、この事業のビジョンは何ですか?との問いに対し、すぐに決めたり、一定量のワークショップと専門家の見識を入れて策定するというものではないと断言したいと思います。
その多様な声なき声、あるいは声が上がった声(やその背景)に耳を澄まし、根底にあるものに思慮を巡らせ、形を掴んでいく。そんなプロセスなのではないかと思っていますし、それは常に流動的なもの、繊細で把えづらいものでもあるというように思います。
もちろん、その中で相互に影響を与え合いながらすり合わせしていく「ダイアログ(対話)」の機会やプロセスも重要になってくることでしょう。

と言いながらも私自身は、この2ヶ月で事業を執行しながら、他者の声、自分自身の声を聞きながら一つのビジョンが生成されてきたように思います。文面化すると『「持続可能な本物の目的地・滞在地・居住地と成り得る地域」の基盤を「学習する地域」づくりを通じて共創造していく』というものです。
次回は、この私自身の本事業に対する「個人ビジョン」から出発し、地域ビジョンや全体の「学習する地域」を構成する要素にどのような関連性を持つかについて整理・言及したいと思います。

 

【文責:宮田久司】

16797131_1228346567218441_5457232663933495643_o

広域観光推進協議会を振り返って

先日、美濃加茂市の木曽川河畔を歩きながら、ふと過去のことに思いを巡らせることになりました。

かれこれ、間には色々と経験しましたが、観光や地域振興ということに仕事で取り組みはじめてもう10年以上になります。

私の最初の仕事は「日本ライン広域観光推進協議会」という愛知県犬山市、岐阜県各務原市、可児市、美濃加茂市、坂祝町の行政により構成される広域観光事業の事務局であり、当時、国土交通省「観光地域づくり実践プラン」の対象事業として進められてきた広域的な観光地域づくりを「官」を起点に、民間を巻き込んで振興するというものでした。

この事業が終わり、退職したのが2008年なので、もう9年も経つと思うと何とも、歳をとってしまった感が否めません。

そして、2017年の今年から(成果が出ず役割が不要になれば今年のみかもしれませんが…)は、岐阜県中津川市、恵那市の広域的な観光振興事業の運用を担う役割を請ける事になりました。

私の生まれたこの土地で、過去の経験も踏まえ、重要な役回りを担わせていただけることは、非常に光栄なことでもあります。

しかしながら、過去に従事させていただいた「日本ライン広域観光推進協議会」は事業的なアウトプットを見ると、確かに(私の力ではなく当時の上司や構成自治体、委員の皆様の尽力により)問題なく執行されているのですが、振り返って地域として何が残ったのか、果たして有益なアウトカムやインパクトを残したのか、地域的な資産を残すことができたのかと問われると、残念ながら胸を張って「YES」とは言い切れないというのが、私なりの反省点、振り返りの結果です。

では、何が反省点だったのか、そしてそれを踏まえどうすれば良いかということを、時代の変化も踏まえながら、ここで少し整理したいと思います。

今回については、私自身も以前よりは経験も、わずかなノウハウの蓄積もありますし、何より責任と権限も増しています。この機会は、地域にとって後先が無い貴重な機会であるということも認識している以上、意義あることを、先につながる方法や方向性を目指し、尽力したいと考えていますので、そのような点も含めて、以下に列挙します。

 

1.長期的な視野を見据えて構築されたものであったか?

今でこそ国際観光都市である飛騨高山も、50年前は斜陽化した林業とわずかな観光産業が残る山間の町でした。

1962年6月に「こども会」により始まった宮川 の清掃活動、1960年の高山祭の屋台の重要民俗資料の指定と翌年からの高山市の援助金の支給、1966年の「上三之町町並保存会」の発足など、小さな 動きからの集積と並行し、1963年に雑誌『暮しの 手帖』に「山の向こうの町」として紹介され、1970 年からは国鉄(当時)のディスカバージャパンキャ ンペーンで取り上げられるなど外部から脚光も浴びはじめ、観光地としての認知が高まりを見せました。

また、国際観光誘致にも早くから着手し、日本 政府観光局(JNTO)のフランスの駐在事務所に自治体職員を出向させるなど、官民を挙げて積極的な生き残り戦略を取り、その成果もあって、ミシュラン効果(2007年『ミ シュラン日本ガイド』でわざわざ訪れる価値のある 三ツ星観光地に選定された)も相俟って、昨今の外国人観光客の急増と、一大国際観光地としての地位を得ています。

ここでお伝えしたいのは、高山ですら、官民あげて多様な、かつ断続的な取り組みを、かなりの長期スパンで行い、その蓄積によって現在の状態まで持ってこれているということなのです。

地域観光の振興という物事を取り組むにあたり「予算が付いたから」、「2〜3年で事業を行い、あとは民間で自律的に・・・」という『淡い消化事業』であれば、祭りが終われば日常に戻るかのように、何も残らないということです。

リニア駅開設までに止まらず、(人口が半減するかもしれない)50年後を見据えて、地域振興や観光を見ていく必要があると思いますし、そのために何ができるか、誰が何を担うか、財源をどのようにするかを共に考え、創造し、執行するマネジメント体制や体系(システム)を「社会的インフラ」としての資産として想定し、構築・確立していくことが重要であると考えます。

そうでなければ、結果として「何も残らない」に等しい状況になることは必至でしょうし、様々な地域でよく見られる残念な事象と同じになってしまうことが懸念されます。また、一部の関係者は、このような事象がもたらされることを想定し、巻き込まれないよう「冷ややかに」眺め、ジャッジしているということももう一つの側面です。

 

2.市町における明確な政策的位置付けがあり、評価可能なものであったか?

地域の行政を始め中間団体が主導、関係する広域的な施策や事業において、便益を提供すべき対象は主に3つあります。

一つ目は、構成員である組織、すなわち行政(自治体)や観光協会などにとっての便益です。

彼らと事業において創出したい便益・価値と広域事業のそれが一致していない場合、そもそも事業は成立基盤を失います。
そして、それが例えば国の事業期間・補助が終われば解散、あるいは規模縮小という「金の切れ目が縁の切れ目」の結果を導くことにつながります。

従い、それら構成団体・組織の政策目標や評価基準と広域施策の目標や創出したい価値が一致しているかを考える必要があります。

しかしながら、構成団体自体はそもそも広域事業が価値があり、該当団体や地域にとって意義があるという位置付けや意味づけを自らがその物差しを持って評価するということが当たり前にある訳ではなく、むしろそのような評価軸は存在していないことの方が多いのではないかと感じます。

一時の庁内の空気や、個々人の感情や意欲の中で「広域は大事だ」という認識が生まれたとしても、その物差しを提示することがなければあくまで「その時の機運」や「個人の意見」にとどまり、霧散する可能性もあるということです。

そして、その結果が「金の切れ目が縁の切れ目」の結果を導きます。

つまり、構成団体にとって測定や評価が可能な指標や、それ(なぜその指標が重要となるか)を支える文脈を整理し、関係者の間でよく共有できるようにし、かつお互いが理解を踏まえた上で検証や修正を行えるようにしていくことが不可欠です。

二つ目は、受益対象者となる住民や価値創出の担い手となる事業者などにとっての便益です。

これは一つ目の構成団体にとっての便益とも連動するのですが、そもそもが構成団体の背後にある受益者(第一の顧客)は、地域住民であり、域内事業者ですので、それらがいかに生き生きと事業を展開し、顧客に価値を提供し、持続可能性や発展を実現できるか、あるいはそれらの生業や労働を含め、生活者としての満足度の向上に資することができているかということが重要になります。

受益対象者をセグメント分けし、いかなる受益対象者に対し、いかなる便益をもたらすことができるか、あるいは目論むか、そのために何をやるべきかの関係者間の議論と整理、またその上での方向性や施策、事業の創造を行うプロセスを省いて、長期的に地域が一体となって腰を据えた動きをしていくことは不可能でしょう。

それを顧みる必要があります。

三つ目は、地域にとっての魅力・価値を享受する顧客ないし潜在的顧客としての消費者です。

これは、域内の住民(消費者)ということもありますし、域外の消費者ということもありますが、何れにしても地域の自然などの公共財としての資源や、物・サービスなど域内事業者の手によって価値付けされた財・商品を通じて得られる満足度、豊かさということになります。

そして、そのバリューチェーンを支え、結果として全ての受益対象者にとっての価値・魅力を想定し、最大限の結果を導くためにコーディネートやファシリテーション、包括的支援を行っていくことが、広域事業には求められます。

そこには指揮者の小澤征爾氏が言っていたように、個々の演奏家の発したい音楽を否定せず活かしながらすり合わせ、結果として全体のピクチャー(世界観)を成立させ、聴衆の感動(満足)を呼び起こす結果に導くオーケストラの世界と似ているような気もします。

 

3.目に見えないものを可視化し、評価・分析できていたか?

長期的な視野で物事に取り組み、各受益者(ステークホルダー)にとっての関わる意義・便益を引き出すためには、目に見えないものを可視化し、評価・分析することが必要になります。

観光は、以前このブログでも取り上げたように「要素複合型結果産業」であるが故に、直ぐに結果に結び付くものでもありません。あるいは短期的な集客や売上高の向上を目指す特効薬的なイベントやディスティネーションキャンペーン(DC)のようなものが中期的に見ると決して地域にとって良い結果につながったと必ずしも言えないと良く言われるように、一見うまくいったものが、地域的メリットを評価してみるとそうではないということもあります。

そのような観点からも、事業を推進する上での求める成果と、それを得るために重要となる「在り様」、要素を整理していくことが必要となります。

例えば、新たな資本投下により格安のリゾートができ、集客を取り戻したとしても、他地域のセントラルキッチンで作られた他地域産の食材を使用した料理が提供され、資本効率が良く従業員を必要とせず(雇用を生まず)、決済も域外で行われ、他の箇所に寄り消費することなく高速道路や高速鉄道で帰られてしまうとしたら、数字上の「入込客数」が増加したとしても、地域的なメリット(波及効果)はあまり大きくはないでしょう。

ということは、地域としてのメリットを評価する際に、違う「鍵となる評価指標」(KPI)を用いる必要があります。

「要素複合型結果産業」ということで、創出された直接的な結果(集客、雇用、生産高など)を追うのみならず、価値を創出するための源泉(Performance capability)となる資産・資本(生態系としての社会関係資本や社会的共通資本)などを分析・評価することも重要になるでしょう。

そのような観点を踏まえ、何を大切にしたい指標か、地域にとって重要な指標かを整理することが重要になります。

過去の協議会では、このような物差しや分析ツールがあまり存在していなかったように思います。

 

4.地域資源の産業化と地域資源の保全に関する循環を意識できていたか?

地域の自然資産、人的資産、産業的資産、あるいは制度資本、社会関係資本、社会資本など地域資源・社会的共通資本は、住民の生業と結びついた産業によって成立し、その事業者の拠出する設備投資や生活者の拠出する財(租税や自治会費、ボランティア活動等)により再構築や蓄積がなされます。

生活のために産業が必要であり、林業、農業、流通業、旅客運輸業、飲食店、食品加工業、酒造業など様々なジャンルの産業がその重要な構成要素を担っています。

地域資源の産業化と地域資源の保全の両輪を担う事業者であり住民が、どのような形でそれをブラッシュアップしていくかについて、まずその必要性について理解し、施策として取り組むことが必至となると考えます。

その時、何ができるかについては、その地域の資源、担い手の現状や方向性、強みや性質などによってまちまちとなるかと思いますので、地域の実態に根ざし、インタラクティブに施策を整備し実行していくことが望まれます。

ここについて、答えは無いという面もありますが、以降に述べる「出口」と「生態系」についてはしっかりと把握し、検証しながら進めていく必要があると思います。

 

5.出口(販売チャネルやプラットフォーム)を見据え・繋げることができていたか?

目立つところでイベントをやり盛り上がったから良かった、地域でイベントをやりたくさん集客できた、体験観光プログラムで多くのお客さんに喜んでもらえた、百貨店で物産展をやったら売り上げが結構あった、旅行会社にツアー造成を委託してモニターツアーで来てもらえた…等、短期的な販売機会により売上や来客があったことは、良いことではあると思います。

しかしながら、これも「DC」と一緒で、一定期間のお祭りの部分は否めません。

長期的には、恒常的に地域に産業や文化として自然に根付くバリューチェーンをどう創造していくことができるか、あるいはその後押しができるか、またそれをブラッシュアップしていくことができるかということになると思います。

しかしながら、その出口は事業者の規模、商品の性質、あるいは商品化のプロセスによってまちまちになってきます。

受益者としての事業者をしっかりと分類し、誰にどのようなルートやマーケティングのための方策や機会を提供・提案していくことがベストなのかを常に考え巡らせることが不可欠になると思います。

先の産業化の話とも重なりますが、そのようなきめ細かい動きは、行政では不可能です。観光協会でも、商工会議所でも不可能です。というのは1セクターができることが限られているからであり、抱える資源が限られているからです。

広域的な、多様な機関・団体が関わることの意味はそこにあり、それぞれの引き出しの中で何ができるかを共に考え、また情報を得て、学び、実施や検証を行っていくことが重要になります。

イベントが間違っているわけではなく、それらが結果的により最適な出口の創造・結合に結びつくかを見据えることが重要になります。そこで「マーケットイン」の視点が重要になるのです。

 

6.人を活かすことができていたか?(生態系のマネジメント)

実は以前の協議会においても「人」の存在は重要であるという考えがあり、「町衆」を取り上げ、取材が行われ、コンテンツ化されて「出版」されたりもしました。

日本は四季によって自然が様々な表情を見せ、飽きさせないばかりか風物詩としての特別な経験や感情を与えてくれます。

それと同じように「人」は、その情熱や関心、探求をする者として、常に新しい創造性をその対象に加えてくれます。

探求熱心な料理人は新たな技術、四季の素材、多様な食材、新たな知見から、私たちに新しい経験・感動をもたらしてくれますし、音楽家も、体験プログラムのインストラクターも、特産品を開発する人も、様々な人がその専門性や献身性、探求、創造性から新たな価値をそこに吹き込みます。

それは、例えば域外から来る消費者にとってその土地の、飽きさせない要素になり、目的地(ディスティネーション)にもなり得ます。

見るだけで「一回行ってみたら十分」という固定化された価値と違い(それが良くない訳ではなく一定の価値はあるのですが)何度行っても価値がある、何度でも行く価値があると思わせる源泉が、そこ(つまり「人」)にはあります。

また、生き甲斐としての人の自発的な行動が、地域の自然や景観の美しさを整備する際に役立ったり、地域の文化的価値をもたらす背景の整備に役立ったり、まさに多様でユニークな個人がそこに存在しています。

それをコンテンツ化し、「出版」というアウトプットをすることで区切りをつけるのではなく、その重要な資産をどのように把握し、情報を活用するかという「生態」の把握・活用と、その人(あるいは事業者)たちがどのようにバリューチェーンの中で価値の連鎖(つながりのパス)としてつながっているか、それをどのようにアレンジしていくとより良いのかという「生態系(エコ・システム)」の把握や活用・アレンジも必要になります。

それにより価値を提供できる深さや幅が広がったり、顧客や販売チャネルを融通することによる相乗効果が生まれたり、顧客が求める価値に応えるポテンシャルが広がったり、すなわち喜んで地域的に「お金が落としてもらえる環境の創出」につながってくるからです。

 

7.消費者と、そして地域の担い手と価値観を共有・共創することが不可欠になる

以上は、あくまで過去の反省を踏まえ、今自らが留意すべき事項を簡単に、思いつくままに羅列しただけのものですが、私個人としては、これからは観光や地域振興を取り巻く価値観を(上述した3つの受益者を中心に)全てのステークホルダーの間において転換していくことが不可欠になると考えています。

まず、地域においては人口減少が運命付けられていますが、その分を他地域からの観光客で埋め合わせたり、移住を促すことでカバーしようという考えが最近は主流ですが、原則として地方の人口パイや経済的パイは縮小こそすれ、拡大・発展はしないという前提を押さえておく必要があると考えます。

地域間競争を制し、その地域の縮小が食い止められていたとしても、他地域の人口が減少したり経済環境が厳しくなったりした場合には、結果として他地域にある顧客のパイが縮小しており、特に意味をなさないという結果になります。(参照『地方創生にこそ「量」ではなく「質」を』

また、上記の観点と合わせ、経済学者の水野和夫氏が述べるように「閉じた地球」、すなわちフロンティアに対する限度が挙げられる現代の経済環境の中で、資本収益率(ROE)などの最大化を常に実現しなければならない資本「主義」の考え方が限界に達しており、資本効率を上げるために労働効率・収益率を高めることで労働者が不要になり、あるいは安い労働力に代替されることで、一部の豊かな資本家(国家)と貧しい労働者(国家)という社会的・経済的分断が起こっており、それにより実体経済における資本収益率自体が陰りを見せるという「資本効率の追求と社会的分断のパラドックス」が起こっている現実を見ると、全体としてみた場合に移住者や観光客の奪い合いに焦点を当てることは、長期的・大局的にはあまり意味をなさないというのは、より実感できるのではないでしょうか?

それは、一度、経済成長や発展、競争という観点・価値観から思考を脱し、豊かさとは何か、それを実現する手段とは何であり、いかにして我々の現在や子孫のこれからの豊かさを担保するかについて、共に考えなければならない時期にさしかかっているということではないのかと思います。

食文化に関して言うと、「テロワール」(土地固有の自然の恵み)を反映した多様な食文化は、人々の文化的多様性をもとにした楽しみ(文化的経験)を享受する意味において不可欠なものであり、それゆえに守られ、育まれることが人類の豊かさを実現する上で意味・価値を持ちます。

では、それを担保するためにどうすれば良いのか?

先のステークホールダー別で見ると、まず社会資本や制度資本を管理・運営する行政をはじめとした中間機関・団体としては、その価値・意義を見せ、価値や希少性を示すための制度資本や背景となる文脈の整理が必要になるでしょう。文脈とは環境、農業経済、地理学(文化地理学)、歴史学、産業政策と言った多様な観点から情報を組み立てていくことが必要になります。

原産地呼称管理制度というのも、確かに一つの制度資本になるとは思いますが、このようなすでにある取り組みも鑑みながら、試行錯誤していくことが求められます。

一方、生産者や供給者は、そのような固有性という価値、背後にある価値を見せながら消費者に妥当な価格での購買(選択)を促していくことが必要になります。その土地ならではなの安全で安心、特徴的で美味な食材・料理を提供し、価格としても反映させていく提案が必要になります。

先日、南仏のオクシタニー地域圏に行った際には、同地は自然な栽培方法による地域産の野菜や肉といった食材が豊富で、もちろんワインもそうなのですが、レストランではそれを価値としてしっかり前提として見せ、取り扱っている様を体感しました。

逆に、宿泊したレストランの食材にドイツやポーランドと記載されているものもありましたが、その際には私たちのパートナーであるフランス人は「何故?」と非常に不満気な様子であったのも印象的でした。

提供者がしっかりと選定して提供すると同時に、消費者もそれを価値として判断・選択する環境は、果たして現在の日本の地方にあるのかと問われると、まだ需給の両面からの社会環境整備・認識や価値観の共有についてはこれからと言わざるを得ません。

消費者にも同じことが言え、近年増加傾向にあるかとは思いますが、まだまだ十分に判断・選定しているとは言えませんが、潜在的には掘り起こすだけの需要が眠っているように思いますし、そのような価値観を喚起していくことが、先を見据えた時に重要になると思います。

しかしながら、やはり消費者とはあくまで受け身であり、提供されている財・サービスの中から選択して消費するというのが現状です。

まず、供給者が価値観や信念をもち、必ずしも利益率が高く流通に効率的とは現状言えない地域(郷土)商材を扱っていくことができるかに懸かっているということが言えます。

その際、大資本、大規模小売店やレストランチェーンは非効率なこれらの商材を扱うことは難しいことを考えると、そこに地方の中小企業、個人事業主、酒販小売店、地域の飲食店などのコミュニティ性の高いビジネス(事業体)が担い、ほどほどに機能して貢献できる余地、差別化でき価値を見せる余地があるのではないかと考えます。

そのような循環は、消費者の価値観や地域的な価値観にも影響を及ぼし、結果として他の生産者にも影響を与え、流通上の付加価値(余剰)としてもオンすることができ、結果としてボチボチ成り立ち、美味しいものが食べれて、それなりに豊かな地域社会の経済循環創り、文化創りに役立つのではないかと思います。

そのように社会的な「価値観」も含めて消費者に提案するとともに、社会的なニーズも含めた潜在需要を喚起し財・サービスを提供する視点を私は「ソーシャル・イン」という造語で言っていますが、この視点が社会的な価値観の転換と人々の豊かさの保全・共存を背景とした実体経済に基づく余剰を生む経済循環モデルとしての「価値経済(Quality Economy)」(但し、この概念が厳密に価値や意味を持つかの検証や数量的なモデル化はしていないのであくまでザクッとした概念の提唱に留まってしまいますが…)の創造に、地方が向き合い、取り組んでいくことにつながるのではと考えています。

長期的(50年後を見据えた時)には、これが鍵ではないかと思い、いつかもっと突き詰めたいとも個人的には思っている次第ですが、なかなか突き詰めれていないという情けない現状もありますが。。。

 

【文責:宮田久司】

地方創生にこそ「量」ではなく「質」を

今回は、最近少しずつ思っている「ソーシャル・イン」の考え方を含めて、地方こそ「量」ではなく「質」を考えるべきとの持論を述べたいと思います。

 

最近の地方の施策として良く上がる共通のテーマとして「企業誘致」「観光誘客」「移住定住促進」の三つは、本当にどこに行っても聞かれます。

少し古い話でいうと地域間競争という言葉もありましたが、観光誘客の外国人観光客以外は、基本的には人口減少の過程で減っていくパイに対して、奪い合うという構造が生まれてくることが必至です。

 

しかし、よくよく考えると短期的に企業誘致に成功したとしても、移住定住の誘致に成功したとしても、これはあくまで部分最適の話で、移転した元の地域や移住定住の元の地域にとっては痛手であるということが言えるのではないかと思います。

この点だけ見ると、あくまで先のテーマとその積極的な推進が導くものは「部分最適」としての結果ということになるのではないか?
ということが、疑問点として残ります。

そこに、生活者にとっての短期的なベネフィットと合わせ、人類にとっての長期的なメリットという視点も含めて考慮していくことが必要になると思います。

 

私の取り組んでいる「食」や「お酒」に関しても関連してきますが、例えば「美食」を考えた場合、当然のことながらその食べるシーンや調理の技術ということが必要なのはさることながら、その背後で成立要件となる「食材」の多様性や安全性というものは必至となります。

その食材の多様性を支えるのが、気候や土壌、そして生産者のクラフツマンシップに根ざした「郷土性の保全」ということになります。

そして、その郷土性の中には生業の中に培われてきた自然の保全に対する産業や文化面からの慣習や、その土地ならではの食文化によって培われた食材や調理方法なども存在します。

また、娯楽や宗教的慣習や感性、思想なども存在しているでしょう。

そのような「文化的多様性」が保たれていることが、結果として人々の生活における「文化的豊かさ」を構成し、人々にとっての「価値」へと反映されていくのだと考えます。

 

ここで考えるのは、そのような人々の「文化的豊かさ」へと結びつけるための要素についてしっかりと吟味し、現存している資源をしっかりと認識し、現代的な価値へと見える化させ、それを現代の貨幣経済の循環システムの中に反映させて価値付けし、産業化させることも一つの選択肢として考慮し、「郷土性の保全」へと結びつけていくという考えが必要なのではないかと思うのです。

そして、地方においてはそれを支えるための視点や施策のほか、価値付けを促すツール、人々の感性への啓発などを行い、人々の持続可能な豊かさの実現に対し、意義ある提案と実践をしていくということが大切であると考えます。

 

それは、単に人や企業を呼び込むという単純な数を追う「量」(に対するパイの奪いあい)の理論ではなく、人類の豊かさに資するシステムを提案し、それを具現化させることで個々人の幸福にアプローチしていく「質」(の共同創造)の理論になってくるのではないかと思います。

そして、「質」を追った結果としてまず住んでいる住民が心身とも豊かさを実感することにつながり、場合によっては数値としても人や企業が移ってくるということもあるとは思います。

しかしながら、やはり重要なのは数(すなわち「量」)が減っても「質」は向上し保たれるというモデルをどう共同創造していくか、ということなのかなと思います。

 

地域間競争を促し、勝ち組と負け組みを分けるのではなく、どう人口減少や過疎化が進む中で住民の豊かさを高め、質の高い暮らしを現代の経済的環境の中で(あるいはそこから先を創造し)実現していくかの方が問われているのだと強く感じます。

そして、その価値評価(evaluation / valuation)の方法論についても重要になってきます。

ということは、その価値評価を支える基礎的な考え方を一層整理し、明確にし、世に問うていくことも重要になります。

 

「地方創生」には、そのような観点からしっかり肝に銘じ、知恵を絞り、ともに創造していくことが重要であると私は考えます。

そして、私自身もその応えを見出すべく、探求と実践を重ねていく次第です。

 

【文責:宮田久司】

フォーラム「美食とお酒の広場」のご案内

国際日本酒普及連盟(ISF)は、東海4県21世紀國酒研究会、名城大学農学部応用微生物学研究室、名城大学日本酒研究会と共催で「国際的な日本酒の普及、日本酒文化や関係する社会環境の整備・保全」に関する知識と実践の共有と探求を目的とした「場」として、フォーラム「美食とお酒の広場」の隔月開催を計画しております。

今回、第一回として、3月18日(土)午後4時30分より、名城大学ナゴヤドーム前キャンパスにて、前回愛知県常滑市の澤田酒造株式会社を会場に行われたシンポジウム『中部からクールジャパン発信;知多半島を例に中部エリアの食文化発信のあり方を考える』の内容を踏まえ、地域固有の食文化保全やクオリティを担保する社会環境整備のあり方と振興施策について、長野県ものづくり振興課日本酒・ワイン振興室の協力を頂き、長野県で2003年以降取り組みが継続されている『原産地呼称管理制度』の話を中心に、長野県の「美食とお酒」に関する振興戦略と実践について、長野県名古屋事務所の坂下広氏にご講話いただく予定です。

また、前回のシンポジウムで参加できなかった名城大学農学部教授の加藤雅士氏より、本企画の趣旨及び、海外視察等を含めた内容報告等についても、前段で発表があり、郷土性を打ち出した「地酒」文化の保全や価値の確立に向けた取り組みへの理解と関心を深め、また中部圏での連携や切磋琢磨につながることが期待されます。

第二部では、国際唎酒師として活躍するbien-美宴の吉田綾子氏のナビゲーションにより、会場の名城大学ナゴヤドーム前キャンパスに併設するレストラン「MU GARDEN TERRACE」にて、信州の特色ある食材を用いた食事のほか、主に「原産地呼称管理制度」の認定を受けた長野県の地酒を楽しむ企画・交流会を予定しております。

ぜひこれを機に、長野県の食文化の魅力と、その振興と保全に関する行政としての取り組みへの理解を深めていただくと同時に、関心ある皆様の中部圏における文化振興への理解協力を進め、地域的魅力を高めていくことができればと期待しております。

皆様のご参加をお待ちしております。

※イベントページはこちら👇
http://kyuetsu.com/sakeforum_01/

〜〜〜
<日時>
2017年3月18日(土)【第一部】16:30〜18:00・【第二部】18:30〜20:00

<会場>
名城大学ナゴヤドーム前キャンパス【第一部】N館 DN302講義室・【第二部】MU GARDEN TERRACE

<講師・ナビゲーター>
【第一部】加藤雅士 氏(名城大学農学部応用生物化学科 教授)・坂下広 氏(長野県名古屋事務所)
【第二部】吉田綾子 氏(bien-美宴 代表)

<参加費>
【第一部】一般 1,000円、学生 無料・【第二部】一般 5,000円、学生 3,000円(アルコールを飲まれない場合500円引)

<開催主体>
主催/国際日本酒普及連盟
共催/東海4県21世紀國酒研究会、名城大学農学部応用微生物学研究室、名城大学日本酒研究会
後援/中部からクールジャパン発信委員会
協力/長野県、MU GARDEN TERRACE、bien-美宴
〜〜〜

■ お申し込みは事前予約をお願いいたします

お申し込みに際しては、このメール(miyatah@kyuetsu.com)に・・・
①お名前
②参加の部(一部・二部・いずれも/二部参加の場合お酒を飲むか否か)
③一般 or 学生
④連絡先(住所、メールアドレス、電話番号)

を記載してご連絡ください。
※申し込み受付締め切り:3月10日(金)までです!

地域産業・観光振興施策と「統合型地域経営」

やっとのこと、藻谷浩介氏と山田桂一郎氏が共著されている新著『観光立国の正体』(新潮新書/2016年11月)を一読することができました。

アマゾンの読者評などでは「批判的すぎて建設的ではない」というようなコメントも見受けられますが、地域の現場に携わり、建設的な取り組みを進めようとする人間からすれば、これだけ批判をしてもし過ぎることはないというくらい、地域の建設的でない人間を客観的に「不易であると位置」づけるという建設的な批判であると受け止めることもできるのではないかなと思います。

近年は、国は観光立国の重要性を謳い、確かに外国人観光客の数も大幅に増え、インバウンド人口の総数など見ても、国の政策目標を上回る訪日観光客が来訪していることがわかります。

 

しかしながら、本書に述べられているように・・

● 果たして事業者の付加価値を高め、長期的に見て魅力ある観光地やサービスづくりがなされているか?
● 観光を振興することが、地域にとっていかなる意味を持ち、関係者の理解と参画意義の元に観光地域が形成されているか?
● そのような観点を含め、観光協会や地方自治体などが適切な施策を打ち出し実行されているか?
● 消費者の時代背景も捉えた潜在的ニーズに対応する形で価値の構築や魅力の発信、来訪までの動線が設計されているか?

など疑問点であり、解決策を見出し、地域として共同で解決していく断続的な取り組みが求められます。

 

私自身も、このような地域の現場にも少なからず携わらせていただく中で、第一に思うのは、「観光や地域振興はあくまで地域にとっての手段」である。ということです。

何のための手段かというと、その土地に住む人や接点を持つ人が短期的にも長期的にもその土地(地域)と接点を持つことで健康的な生活(マズローの欲求レベルの底辺)や文化的豊かさ(比較的高次な欲求)を満たすことにつながり、結果として人々の幸福に資することができるかということでしょう。

以前に「要素複合型結果産業としての観光」の中で述べたように、その地域の人々の生活に還元でき、かつ観光的顧客に当たる顧客に対して価値経験を提供できるよう、「地域資源」をベースにした産業化を図り、価値経験を提供し、売上を上げることで「地域資源」であり、それを構成する最も重要な要素のうちの一つでもある住民の生活や、地域環境の保全へと循環させていく。

公共セクターの財政も補助輪として、この経済的循環を確立させていくことが重要になると考えます。

 

そんな中で、よく地域の振興施策、観光施策として散見されるのが、『観光立国の正体』でも槍玉に挙げられている「イベント」や「キャンペーン」、「PR」、「スタンプラリー」、「モニターツアー」などの単発型の「打ち上げ花火」でしょう。

こういったものは、一つの促進剤として有効であると言えるかもしれませんが、全体の振興戦略の遂行や制度資産、地域の「見えない」資産(ストック)を高める上でしっかりと戦略的、政策的位置付けをして実施をしなければ「何も残らない」ばかりか、「残念さ」が残る結果となってしまいます。

近年、ある県で実施したスタンプラリーでは、応募するとその地域特産の高級和牛が当たるという触れ込みでしたが、応募数が少なく、たまたま県の職員が応募したら当たった!とか・・・

そんな「残念な」「打ち上げ花火」だけは避けたいものですが、本事業は果たして検証されたのか、また同じようなスタンプラリーが行われたらどうしようかといった懸念はぬぐえません。

事業の中に、しっかりと計画し、実施し、検証し、次にステップアップできるマネジメントサイクルを組み込んでいくことが不可欠でしょう。

 

また、今日では一事業者、1セクター、一地域といった既存の枠に囚われていては「求める結果」「ベストの未来」に対して有効かつ効果的なアプローチができないということも言えます。

それは、前例踏襲で物事を進めていけば良いという「古き良き」時代から、未来を見据えしっかり課題解決をしていかなければ先が見えない(創れない)時代へと変化しているからに他なりません。

地域の中小事業者、農林水産の担い手は、確実に減少していますし、減少していきます。

それは、地域密着の最たるものでもある酒造業界でも顕著です。20年前に比べ4分の3の水準に減少していますし、その流れはこれからも進んでいくものと予測されます。

 

そんな、「地域振興」や「観光」と言ったキーワードに触れ、いろいろと物事に関わらせている時に浮かんだ概念が「統合型地域経営」というものです。

もう随分と経ちますが、以前「マーケティングコミュニケーション」の世界では「統合型マーケティングコミュニケーション」というものが一時のトレンドになりました。

それは、Wikipediaを見ると「外部環境と消費者データを踏まえ、ターゲット・オーディエンスに対してブランドを統合的なメッセージでコンタクトさせ、納得してもらうトータル・マーケティング・システムである」と書かれていますが、要は「ブランドを構築するために顧客視点からあらゆるマーケティングコミュニケーションのための手段や手法を一貫性を持って展開していくためのプログラム化された手法」といったところでしょうか。

その細かい手段に「CI」や「CM」、「有料・無料パブリシティ」や「キャンペーン」などが展開され、日本でもこの手法がもてはやされ、「広告マン」や「ストーリー化された広告宣伝手段」が「カッコイイ」とされた時代がありました。

 

それとは違いますが、地域振興や観光というものを捉えた時には、やはり「受益者としての生活者」と「顧客としての消費者」との幸せな結びつきを支え、持続可能な形で地域的価値を高めていくための「統合的アプローチ」の重要性を実感するに至っています。

そして、現段階では、その重要な視点・構成要素は以下の3つのポイントにあると考えています。

 

① 「地域振興・観光推進」施策を切り口に
地域振興や観光推進は、特に外貨を得ることに必要性を感じ、域外の消費者に対し財・サービスの提供をし、対価を得る地域事業者や産業が存在する地域にとって、その外貨獲得の手段として不可欠な視点であり、取り組みであると考えます。
その中で、地域全体で顧客需要から発端となった「地域のイメージ」や「ストーリー」といったエリア・ツーリズム・マーケティングも必要となりますが、それ以上に、地域内事業者が地域的資源を背景に、それを活用した財・サービスの創造と販売が重要となります。そして、その担い手としての事業者が潤い、顧客満足度を高め、その連鎖や集積を高めることが重要になります。
担い手がどれだけ「顧客としての消費者」に対し「価値経験」を提供できたかが、結果として地域における観光的波及効果にもつながりますし、「地域ブランド」の実態を構成する要素につながります。
また、地域振興や観光振興のための施策は、「担い手」の新規の参入も含めた価値創造や既存資源のブラッシュアップによる価値向上を支えることが、そのためのキーファクターとなります。

② 有効な内外の「連携」を構築
また、「顧客としての消費者」に対し、地域としてより高い価値を提供することにつながり、かつ域内の「受益者としての生活者」にとっても最大の便益が得られる形を実現するために、より「効果的」な取り組みとともに「関わり方」も重要になってきます。
その域内の連携が、個別のノウハウや価値向上のための努力とともに、効果を高める潜在的な力を高める重要な要素となります。
現在、産官学民や金融等の有意義な連携や市町村等をまたいだ連携、分野を超えた連携等により、最大かつ効果的な結果に結びつけるための模索が各所で行われていますが、これは非常に有益なことであると考えます。
一方で、どう関係者を位置付け、「総論賛成各論調整」で有益な連携体制を構築していくか、また舵取りを行っていくかについては多様な知見と物事を総合的に繋げていく遂行技能(スチュワードシップ)、合わせて新たな情報や学びに心を開き学習していく「開かれた思考」「開かれた心」「開かれた意思」が重要になります。
そのような観点を含め、「信頼と互恵に基づく社会的関係(すなわち「社会関係資本」)」の創造とそのための技能や手段が求められます。

③ 「地域経営」の枠組みの導入
また、地域としての実践には「やりっぱなし」ということがよくあり、これが「打ち上げ花火」と言われる所以なのですが、企画ものに予算をつけ、まず3年やって終わり。というケースが殆どです。
そして、結果として地域に何が残ったのか、よくわからないまま、今まで起こったことは当事者の頭のの中でも忘れ去られ、また新しい「打ち上げ」プロジェクトが誰かの発案で開始されるのです。
そうではなく、しっかりと「受益者」や「顧客」を定義付け、その事業を行うことが何処の誰に、いかなるメリットを提供し、受益者の具体的にどのような便益、すなわち成果の向上につなげていくのか、あるいは波及効果を目指していくかをしっかりと見越し、その上でその成果指標を整理し、その目標を達成するためにより効果的なアプローチを「計画」していくことが重要です。これが「PLAN」の段階。
そして、それを現場の知恵を綜合しながらより有効な形で実践していく「DO」の段階を経て、しっかり計画と実行の過程で出てきた評価指標(目論見)と実践で挙がってきたデータや発見、知恵、そして良くも悪くもフィードバックやギャップ、顕在化されたニーズなどを元にしっかり検証(「CHECK」)し、次のより有益かつ意義ある施策や取り組みにしっかりと反映させていく「ACTION」が必要となります。
もはや、「地域を経営」するのは行政でもなければ政治家でもないというのが私感です。しっかりと「プログラム(すなわち政策)」を執行管理できる妥当な執行役がそのパートを担い、最大限の効果を上げていくことが重要になると思いますが、それをしっかり判断するためにも「地域経営」の枠組みが「制度資本」(地域のオペレーティングシステムという見えない資産)として必要であると考えられます。
このような「地域経営」という概念を最初に提唱し始めたのは、個人的にも知っている地域経営研究所の海野進さんという方だと思うのですが、そのプロトタイピングを各地域で「振興施策」を担う人には実践していただきたいと思います。

 

『①「地域振興・観光推進」施策を切り口に』『② 有効な内外の「連携」を構築』し、『③「地域経営」の枠組みの導入』を計画し、執行していくことは、結構至難の業でしょう。

決して一人の力、一つのセクター、一つの専門分野でできるものではありません。そこに行政、大学、産業界、観光協会、銀行など多様なセクターが関わり、「地域の課題解決」や「ビジョンの創造と現実化」を共に進めていく意味と意義、必要性があります。

既に「出現している未来」に対し、皆でこの点に向き合っていけると良いと思っています。また、個人的にもこの「統合型地域経営」の細部と実践をより明確に示していければとも考えております。

〔文責:宮田久司〕

16179057_1206459952740436_7683927179204193422_o

シンクタンクとお酒・食文化

近年、個人的には良い傾向だと思いますが、産官学連携や金融機関を含めた連携など、多様な分野で既存の垣根を越え、社会的価値の創出を目指す動きが多く見られるようになりました。

社会の展開がスピーディーになり、国際的な動きとの関連性が多くなったり、また、人口増加と経済成長が進み国際的なプレゼンスが高まっていたある時と比較すると、何かと忙(せわ)しく、危機感を持たざるを得ない環境だからこそ、こう言った動きが「トレンド」になっているのかもしれません。

こう言った動きが、流行の枠を超え、単に短期的なイベントとして存在する以上に、長期において、社会的価値の創出や、それを支える枠組みとして機能するに足るものとして捉え、物事が進められていくことを願うばかりです。

 

私はかつて行政で仕事をしていましたが、行政の仕事に関する情報、ノウハウ、戦略等の継承性については多くの課題があると考えています。

物事をより本質的に捉え、関連する周辺環境を把握し、ネットワークを獲得し、それらを含めたソリューションとしての政策を理解し、打ち出し、執行していくには、2年、3年での異動が一般的な職員では厳しい側面があります。

また、それゆえに、あるいは人材的な側面や組織文化からノウハウの蓄積や構築が難しく、議論の基が十分に存在していないということも課題でしょう。

 

一方、産業界はというと、生存競争に晒されている中で、その多くは自社の生き残り、売上や利益の向上、製品のクオリティの向上など社会的にはその機能の一端を担う「部分最適」の領域で常に情報やノウハウを獲得し、結果として社会の歯車となり、社会貢献するという形になる社会の「担い手」という側面が強いと思います。

 

個人的には産学官の中で、最も専門的見地による情報・知識の集積があり、かつ専門的な研究職や内容があまり動かないという観点から継承性・継続性があるのは大学であるように思います。

とはいえ、大学における研究領域も細分化されており、綜合的に物事を関連づけ、社会的需要と連結させて、その関わりの中でタイムスケジュールも含めて社会的価値に落とし込んでいくだけのノウハウを持っているかというと、そのような事例は稀であると思います。

 

しかしながら、今後に、このような社会的需要に基づく価値の創出に対し、人(ネットワーク)・物・金・情報(専門知識)などを関連づけ、継承性ある戦略、機能の創造、アウトプットを行うコーディネーターの存在は、より重要性を増すように感じます。

国際舞台における日本の外交については、外務省が『日本における外交・安全保障関係シンクタンクのあり方について〜外交力を強化する「日本型シンクタンク」の構築〜(外交・安全保障関係シンクタンクのあり方に関する有識者懇談会 報告書)』[平成24年8月] に記載しているように、外交的手腕において良し悪しは別として謀略的に機能されている英国や米国においては、英国王立国際問題研究所(チャタムハウス)や、米国の外交問題評議会(CFR)などがその人材や情報・思想、あるいは政策立案や執行に際して強い影響力を持っていることは良く知られている一方で、日本において政策立案機関、立法機関、行政機関などの外部に、知的継承性や実効性を持つ機関が存在していないということが指摘されています。

外交については、非常にナーバスなこともあるので、ここでこのシンクタンク機能や勢力の存在についての是非は言及しませんが、社会的検討課題(Public Matter)に関して、しかるべき理解と情報を束ね、専門的理解やネットワークの継承性を持ち、多様な機関と協業してその解決、あるいは価値創出や機能構築にあたる専門機関、ないしプラットフォームとしての社会的機能が必要となるということは、これからの潮流ではないかと考えています。

 

さて、ここから食文化やお酒についてを見るとどうかというと、海外においてももちろん様々なテーマにおいて多様な分野の方が、その社会的機能の構築について動いています。

例えば、私もお会いしたことのあるジャン=ロベール・ピット氏は、Repas gastronomique des Français(食の遺産と文化のフランス委員会)などを立ち上げ、関連する学術的情報の集積、経験としての情報提供、教育への反映などあらゆる観点からのアプローチを行っていますし、より遡れば、1986年にイタリアのカルロ・ペトリーニ氏によって始められた「スローフード運動」も、マクドナルドの進出に象徴される食文化や環境喪失の危機という社会的検討課題に直面し、その解決やその先にある食文化の振興と保全という社会的価値の創出ということに対し、大学やその他の機関が必要なアプローチを行い、今日は全世界的に展開されています。

 

さて、日本の食文化やお酒ということに話を持っていきますと、人類に与える価値や文化的ユニークさ、それが成立する背景にあった社会的感性やそれによって積み上げられてきた慣習、地理的背景など様々な観点から、他国に劣らず、価値あるものであると思えます。

それは、国外の方々がその魅力を感じ、魅了されていくことからもうかがえます。

2013年12月には、「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されましたが、それも形態や味覚のみならず、『「自然の尊重」という日本人の精神を体現した食に対する「社会的慣習」』として、目に見えない資産的価値を評価されてのことでした。

しかしながら、この食文化やお酒の文化を支え、文化、産業、環境など多様な側面を踏まえ、国内外への普及とともに保全を図るための継承性と包括性のある機能やプラットフォームは存在していないのではないでしょうか?

日本酒に関して言えば、東広島市に醸造研究において蓄積のある種類総合研究所がありますが、今日の社会的な情勢も踏まえた多面的視点から研究に対するアプローチを図り、それを実効性あるものとして展開していく機能を有しているかというと、そうではありません。

ISF(国際日本酒普及連盟)では、これらの現状が抱える状況に対し、国際的なネットワークや叡智の集約、人材や情報の集約と連携から、主に大学等の学術機関と協業し、これらの社会的機能を構築していくことに対し、現在準備を進めております。

日本酒は、米と水のみ(もちろん麹・酵母も)で造られたアルコール飲料ですが、その液体を通してみる世界の内外に、多様な側面が関連性を持ってくっついてきます。

さらに余談を言えば、関わる人の「欲望」までもがくっついているのですが、それはさて置き、その多様な関連性に関する情報や実践の集約、人との結びつきこそが、その魅力の多様な引き出しと広がりを提供する素地を作り、多様な側面からの価値を確立させ、その存在意義を強固にしていく(すなわち人にとって、とても欠かせないものになる)のだと思います。

ISFのカバーする領域と取り組みは、そのような考えから、国際的な日本酒普及を通じた振興と文化的多様性の保全という観点において、国際的に重要なスタンダードの役割を果たすものと確信し、前進しています。

皆様のご理解と、応援、引き続きのご指導をお願い申し上げます。

〔文責:宮田久司〕

mapping_sakepromo

「地酒」と「原産地呼称管理制度」

昨日から長野県内に滞在し、様々な蔵元や郷土食を巡っています。

3月18日から名城大学ナゴヤドーム前キャンパスで隔月開催する予定のフォーラム『美食とお酒の広場』の第一回が、長野県の「原産地呼称管理制度」の話が主で、また第二部では信州の食とお酒の組み合わせを楽しむ会を開催する予定のため、事前の調査を兼ねた巡回です。

もちろん明日は休暇を兼ね、趣味のクロスカントリースキーをするのですが!!

ということで、今回は蔵元だけで東西南北、計8蔵を回りました。

有名どころだと、協会7号酵母の元である諏訪の宮坂醸造株式会社。「真澄」の銘柄で知られています。

一方で、完全に家族経営だけでやっている小規模な蔵元もあります。

それぞれが魅力的な蔵であるばかりでなく、豊かで美しい水源の存在が信州の魅力でもあります。

 

以下に添付してあるものが、長野県原産地呼称管理制度の審査基準です。

長野県原産地呼称管理制度 長野県原産地呼称管理制度2

【※長野県『原産地呼称管理制度』資料より転用】

 

欧州のAOC(Appellation d’Origine Contrôlée)を倣ったこの制度は、日本では先進的に平成14年よりスタートし、すでに10年以上が経過していますが、消費者としてみた場合、このような取り組みの存在は、少なからず商品選択の基準や安心感につながるのだと思います。

例えば・・・

● 自家醸造酒であり、液化仕込みではなく、精米から瓶詰めまで一貫して県内で行なわれているということから桶買いして転売せず、しっかりと清酒の製造工程を踏まえて造られている

● 採水地がわかる(水脈や性質などの特色をつかむことができる)

● 原料米の品種や精米歩合などが明記されていることの安心感がある

 

などがあると思いますが、業界や地域としても・・・

● 顧客にとっての安心感が購買につながる

● 産地を反映させた「地酒」(Terroir Sake)としての価値とその定義を広め、価格を保つことができる

● 県内の酒造好適米の生産保護とクオリティの向上につながると同時に県交配の酒造好適米の認知につながる

● 水源の明記が各所の名水のPRと理解の向上による(環境)保全等にもつながり得る

 

 

と言ったメリットがあり、熱心に「地酒」の醸造に取り組む蔵元にとって、また、長野のお酒を飲みたいと思う消費者(旅行者も含む)にとって、また「地酒」の文化や環境(制度環境や経済環境も含む)の保全という側面においても意義のある、「三方よし」の制度ではあると思うのです。

 

しかしながら・・・

● 全体の製品の中で適応されているものはごく一部であり

● 消費者にも十分に認知されているとは言い難く

● その制度的メリットを十分に生かしきれていない

 

という現状も一方であると思われますし、蔵元としてもそのメリットをより実感したいということもあるように感じました。

 

私が昨年1月にお邪魔したルクセンブルク政府のワイン=ワイナリー機関(IVV:Institut Viti-Vinicole)でもEUのワイン法や現代の消費者趣向を踏まえ、1935年から取り組まれてきた「Marque Nationale」から新たに「AOP – Luxembourgeois」が2014年よりスタートしていますが、市場に出回っているルクセンブルク産のワインには、必ずAOPのラベルが裏面に貼ってあります。

生産者への浸透度という面において、まさにde jure スタンダードとして定着しているということが伺えます。

もちろん、1935年から導入していた「Marque Nationale」の下地があり、かつシーリングされた「地ワイン(Terroir Wine)」でなければ生存できないという環境があるということもあると思います。

 

この「AOP – Luxembourgeois」ですが、導入の目的は「Marque Nationale」を継承し、

① 生産地と品質を担保し、本物としての消費者理解を促す

② 価値と価格を保ち、生産者が良い製品を生み出す意欲を高める

という二つの目的があるのですが、きっとこれは長野県の原産地呼称管理制度も共通しているものでしょう。

これから、消費者も徐々に「本物の」地酒を求める市場環境に変遷されると、個人的には予測している中で、その本物を生産者側、消費者側の両側面から担保する本施策のこれからの発展を願うばかりです。

 

PPT_161013_名城日酒研.001

 

 

日本における米を原材料とした醸造酒は、少なくとも1900年以上前には存在したようですが、その土地の恵みである米をその土地の水と酵母で醸す、まさに大地の恵み(Terroir:テロワール)を代弁するものであり、その恩恵を神に感謝し分かち合う重要な触媒でもありました。

現代においても、この歴史的文脈もさることながら、その土地の水、米、酵母、そしてもちろん人により醸された自然の恵みとしての日本酒は、食との組み合わせなども含め、土地の固有性、固有の価値を生み、様々な固有の価値を楽しむことができる文化的多様性が存在することが、生活者・消費者としての「豊かさ」を構成する重要な要素になると思います。

だからこそ、AOC/AOPのような原産地の呼称だけでなく、原産地の資産を守り、消費環境や社会環境を整備するということが重要になります。

私たちは、欧州のみならず、国内の先進地である信州も見て、学ぶことが必要です。

歴史

 

最後に、課題を挙げておきます。

例えば、今回訪問した木曽の酒蔵「中善酒造店」や松本の「大信州酒造」などは、近隣地域で栽培する自家栽培米や、蔵の周りの水田で生産する契約栽培米を利用する、土地の固有度も高い「地酒」でしたが、例えば「真澄」など他の蔵は、あくまで長野県産「美山錦」や「ひとごここち」など、範囲としてもより広く取り扱っているということが窺えます。

AOP – Luxembourgeois では、地域の限定度合いやブドウのヘクタールあたりの栽培量により「LIEU-DIT」、「COTEAUX DE」、「CÔTES DE」という3パターンの表記がされていますが、やはりより限られた範囲で、顔が見える関係から原材料米を調達し、その土地の農村文化を保全していく(これは、自然保護や文化の継承といった観点も含めた農村経済への寄与による社会的共通資本の保全につながる)ことが、本来の地酒であると考えるとした場合、その「地酒度」を分類分けしても良いような気がします。

もちろん、日本酒の現在の生産環境から考えると難しいのかもしれませんが。。。

もう一つは、信州でも各蔵が努力し、生酛造りやもち米の四段仕込みを始め、様々な創意工夫や特色作りをされているのですが、「一麹、二酛、三造り」と言われるように、最も最初の重要な工程である麹(製麴)の工程の特色があまり見えないというのは消費者として非常に残念であると思います。

情報はオープンにし、選択は消費者に。

そして、判断の基準となる情報やモノサシをできるだけ消費者に提供できるようにし、プラスアルファの楽しみ方や経験を売り手、伝え手が提案・提供する。

「地酒」の環境を整備し、「守る」ために、飲み手も、伝え手も、作り手も、ともに高め合い持続可能な豊かさ、資産としての文化を手にする。

そんな理想を側面的に支える施策について、今回の訪問や、長野県との出会いから、より関心を抱かせていただくことになりました。

〔文責:宮田久司〕

12439549_877122329053088_2983071427959156272_n

12495219_877122639053057_5677746022736387426_n  12438961_877123322386322_723741627139136268_n

12552946_877123215719666_101818893423758292_n  1125_877123105719677_799885123965372742_n-2

要素複合的結果産業としての「観光」

人口が減少していく日本、特に地方にあって、2007年より施行された観光立国推進基本法から続く、国の観光立国への流れには期待を寄せる関係者も多いと思います。

外国人観光客の入国者数は、2007年にはおおよそ835万人だったのが、昨年2015年には約2201万人と7年間で264%以上の伸びを見せています。

もちろん、人口が減少していく地方では、都市部からの人口流入(移住定住)はハードルが高いにしても、ぜひ来てお金を落として欲しいというのが、一つの期待としてあり、観光促進施策というのが、一つの重要なテーマとして挙がっていることと思います。

私が関わっている地域でも、やはり観光というのを切り口に地域振興を図っていきたいということで、行政や公益的な事業を行う民間団体が頑張っていらっしゃいます。

 

ただ、ここで思うのは、ただ闇雲に観光振興が必要だということで、面白可笑しいポスターや動画を撮って周知させる「プロモーション」や、名物となるキャラクターを生み出し発信するプロモーション施策としての「ゆるキャラ運動」、あるいは一瞬の打ち上げ花火として盛り上げを促す「打ち上げ型イベント」、そして旅行会社にお金を貢ぎ魅力が薄く、ターゲットや打ち出す価値も曖昧な旅行パッケージを造成してもらう「モニターツアー」や、それにメディアも入れた「ファムトリップ」などなど、どうしてもこうした外に「目立ち」、「なんとなく盛り上がったり形が見えたりする」事業に目移りしたり、偏重したりする向きもあるような気がします。

施策を立案し、執行する関係者は、ぜひ観光を進めることの「目的」を整理し、その上で受益者(ステークホルダー)を明確にし、短期の利益と長期の導きたい成果の双方を見据えながら、妥当な目標設定を行い、ソリューションとなる施策や事業を進めていただきたいと思います。

 

観光は、細かな地域性等を踏まえずに言えば、大まかには、先日の「農商工連携・六次産業化」と一緒で、「地域資源をベースにした産業化による振興と地域環境の保全による生活者の暮らしの向上」が一つの目的であり手段であると思います。

地域資源というのは、人というものや事業者というものもあるでしょうし、自然やそれに由来する生活文化、風習、歴史的な文脈、食文化、そしてインフラなどの社会資本も該当すると思います。

それをいかにして産業化させ、飲食店や旅館ホテル、地域食材を提供や販売する商店、土産物店、人を運ぶ旅客運輸、それを体験などに落とし込んで楽しんでもらうレジャー産業の人やガイドさん、あるいはその全体をコーディネートするランドオペレーターさん等など、多くの「担い手」が関わり、地域資源を商品に変え、地域内外の消費者に対し、伝え、「財やサービス」として価値を提供し、消費者が価値経験(文化的経験)を受益することによって「観光」という結果、あるいは「事象」が成立すると思うのです。

そして、一つの「担い手」だけでなく、多くの「担い手」が、一定の土地(フィールド)を背景に価値経験を提供することによって「地域観光」が成立し、その価値提供を継続し、良い印象を与えていくことで地域の「観光的ブランド価値」が形成されてきます。

 

その中で、例えば「プロモーション」は、その土地の認知を高め、印象としての「観光的ブランド価値」をより明確に力強く訴えていくために必要なツールとなります。

一方で非常に重要なのは、やはり地域の産業化を具現化させる地域の「担い手」としての産業主体であり、さらに言えばその産業主体の小さな(あるいは大きな)「ブレークスルー」の集積が、地域の観光的ポテンシャルを顕在化させ、「観光地域づくり」の実態を形成します。

また、その産業化を担う産業主体の背景を支える自然資源や人々の暮らし、文化や環境といったものは、地域を成立させる基盤となるものですが、「卵」(Performance)だけでなく、それら「鶏」本体(Performance Capability)にも還元させていく視点も重要になります。

また、市民交流や(帰省や友達付き合いなど)家族や友人間の交流による移動にも産業化している要素があれば、観光的波及効果がもたらされるという面で、重要なファクターとして位置付けられます。

 

これらの「総体」や個別のアクティビティを捉え、評価し、地域として高め、施策としてその総体的な量や質の人的、金銭的、あるいは情緒的側面の向上に対して、支えていく、ファシリテーションしていくということが政策を立案し、執行する側には求められます。

特に、現代は、大勢がバスに乗って押しかけ、どこか観光施設を見て、大規模なドライブインで食事をし、またどこかに行ってしまうというタイプの観光は常に衰退傾向にあります。

外国人観光客も、一時は中国からの観光客をはじめ「ゴールデンルート」を巡り、家電やさんで爆買いさせ、帰っていくというマスツーリズムが脚光を浴びていましたが、今や停滞気味であるばかりでなく、違法ガイドの問題や、サービスの利益率低下、ブランド価値の低下を招き、周辺地域への波及効果も薄いなど課題が挙がっているため、検証や修正が必要となるでしょう。

個別具体的な価値観や関心、需要を持つ「個人」が、それぞれの判断を元に経済行動の一つとしてある地域に出かけ、価値経験を得て、財やサービスを購入し対価を支払う行為について、該当地域は理解する必要があると思うのです。

%e3%83%97%e3%83%ad%e3%82%b8%e3%82%a7%e3%82%af%e3%83%88%e8%a3%9c%e8%b6%b3%e8%b3%87%e6%96%99

 

今年、ドイツ西部のルクセンブルクに近いTrierという街やBernkastel-Kuesという町に行ってきました。

ルクセンブルクは世界遺産にもなっている美しい街ですが、Trierも同じくローマ時代の遺跡がある美しい街です。

ルクセンブルクに主要目的をおきながらも、Trierの方が宿賃が安く、Trier大学の先生とご一緒するという目的もあり滞在しました。

街中は美味しい料理とワイン(近年大きく質も向上してきたモーゼルワイン)を楽しみながら、ドイツらしい町並みとDOM(大聖堂)をはじめとした中世から続く現役の遺跡も見たり、現地の人や旅人と話したり飲んだり、とても楽しい経験でした。

ある日は、Trier大学の先生の運転でワインツーリズムが盛んな近くの町Bernkastel-Kuesに行き、醸造家との話を聞きながらテイスティングを楽しんだり、美しいぶどう栽培地を見たりとこちらも掛け替えのない経験でした。

そして、TrierもBernkastel-Kuesも小規模な地方都市や農村であるにもかかわらず、これらの個人客に支えられて(Trierは遺跡があるためツアー客もいましたが)、随分と賑わっていました。

当然ながらワインを買う、レストランで食事をする、宿泊施設で宿泊するという行為が伴います。

またレストランで食事をする際には当然、地域の芋や豚肉などが出てきます。そして、それらの農産物が地域の土地や人々の暮らしや文化を守るベースにもなり、外部の消費がそれに役立っています。

若い醸造家の意欲的な取り組みに対する出会いもあります。

外部から見ると、その土地の地域資源や産業化し観光地域づくりを成立させている要件も見えてきますし、また核となる資源やアイデンティティも見えてきます。

そこにいる担い手は、最初の出発点は必ずしも観光ではないかもしれません。

農業、製造業、サービス産業、住民、それぞれの「担い手」や生活者が、それぞれの中で、主体が価値を高める取り組み、あるいは顧客に喜んでもらい自らの生活を向上させる取り組みを重ねることにより、総体として「観光的ブランド価値」の形成に寄与しているのです。

「観光地域づくり」には、観光的発信に囚われるのではなく、中小の「担い手」の小さな(あるいは大きな)「ブレークスルー」を促す小さな一歩と広いバックアップが望まれているのではないでしょうか?

あるいはそれこそが観光的波及効果の最大化に近づく重要な要素であり、それにより「観光を推進すること」が産業的、あるいは文化的、社会的意義を持つということにもつながるのだと思います。

 

ごく最近は、こう言った観光の側面を認識し、多様な要素を見ながら地域の社会的環境、ソフト面のインフラを整えていこうという動きも見られるようになってきました。

これらの認識の変化や取り組みの変化から、より良い地域社会が形成され、人々の暮らしの向上や生活文化の振興や保全につながり、より良い日本や世界の運営につながっていくことを願うばかりです。

もちろん、我々もそのための貢献余地があれば、献身を惜しみません。

〔文責:宮田久司〕

imgp9144

imgp9156  imgp9157

imgp9169  imgp9175

imgp9181  imgp9184

imgp9190  imgp9191

「残念な」麹屋さん

郷土の食材に携わる身として、様々な生産者との出会いから、本当に様々なことを考えさせられます。

そして、そこに正解があるのか、正しい見解があるのかというと、胸を張って「YES」とは言い切れないことばかりです。

 

今回、名水を武器に地場産業や観光振興に取り組んでいる土地で出会った「麹屋」さんとのやりとりもまた、考えさせられるものでした。

表題に「残念な」というタイトルを載せたのは、まず第一に、この麹屋さん、あと3年で麹作りをやめる算段を立てているというのです。

朝早く、夜遅く、地下にある麹室での激しい作業。さらに味噌や甘酒といった麹を使った製品作りもし、直販のための手配もしなければならない。それを老夫婦で賄っているのだから、確かに仕方がない。

黒く塗った麹蓋で作る、粘度(麹菌の繁殖密度)の高い米麹、そして豆麹。
確かに、見ていて感嘆してしまいそうなものです。

様々な食材を熟知する、弊社の催事でお手伝いいただく食のスペシャリスト「Mさん」も、「これはこのまま食べないと勿体無い」というほど未知のクオリティだと評価を下した間違いの無いものです。

そこで出していただいた某地域の郷土食「はまな味噌」も、甘みと辛味、旨みが自然な形で融和したまさにご飯のお供に、なんとも贅沢なものでした。

もちろん、科学的な添加物なしの昔ながらの品々。

本当に残念です。

 

しかしながら、こう言った素晴らしいものを作られている生産者に良くついて回るのも、また一方の「残念な」側面があります。

今回の場合は、長話。

もちろん、話の節々で郷土の食文化や水の話、そして同業者の裏話などなど、すべてがその土地や生産者を知る上で私にとっては貴重な情報です。

しかしながら、その後に自らの過去の栄光の話、孫の話、販売している発明品の話、折紙の話など、計3時間にも及ぶ話の中で半分が、お客様である私たちにとって「どうでもいい」話なのです。

自らの話したいこと、自らのアピールを思うがままにお客さんに発表する。

この姿勢は「お客様視点」、「マーケットイン」の視点を踏まえていないからに他なりません。

 

もし、そのような発表や自己顕示のために時間を使うのであれば、クオリティを保ちどう効率化や商売の可能性を追求しないのか?

もう少しお客様視点からものを見て、気持ち良く買い物をしてもらい、自社も潤う方法を探求しないのか?

と、どうしても思ってしまうのです。

 

結果として、いいものを作っているのは分かるけれど、「大変で儲からない商売」ということで、後継が育たず、長い歴史に幕を降ろすという結果に至ってしまう。

案の定、ここもご子息は別で職を得ており、跡を継ぐということはないようでした。

 

こう言った状況に直面している、特に伝統的な郷土食の担い手(酒造、醸造業、食品加工業、農林水産業など)も数多くいると実感しますが、もちろん、ご子息が跡を継がないことの方が幸せなのかもしれないとか、効率化を追求し、クオリティや、その商店ならではの「味」も無くなってしまったら残念だとか、そもそも担い手の自己の発表や自己顕示、すなわち自己満足自体も決して無下にできないものなのではないかとか、様々な思いはあります。

そんな現状に直面しながら、どうアイデアや流通上の支援、あるいは資本的なバックアップ、あるいは社会環境の整備によるバックアップにより「担い手のブレークスルー」を支え、郷土文化資産であり、多様で安全な食文化が守られることによって実現する生活者の豊かさを担保するために、振興や保全を支えていくか。

弊社は学習とトライ&エラーを重ね、そんなことのために「暗躍」していきたいと思います。

答えのない問いかけにこそ、未来を想像する可能性が潜んでいるのかもしれません。

〔文責:宮田久司〕

imgp9317

imgp9318

imgp9320  imgp9325

imgp9332  imgp9334

六次産業化・農商工連携フォーラム

12月14日に中部経済産業局、東海農政局が主催する「六次産業化・農商工連携フォーラム」に参加してきました。

すでにフェイスブックで感想を少し述べているので、下欄に転載いたしますが、加えて、今回は国の機構でいうと経済産業省と農林水産省の管轄ということなのですが、地域レベル、現場・実践レベルでは「六次産業化・農商工連携」は、あくまで一つの切り口であり、取り組み上の目的としては、ここで触れられていない他の分野とも共通しており、特に近年は、様々な分野が歩み寄り、また多様な要素を統合させながら、社会環境や振興のための機能を作っていくということが求めらるのではないかと感じました。

私たちの国際日本酒普及連盟では、これらの社会環境整備や振興のための機能作りに関する知恵や実践のプラットフォームとして、大学と共同で「場」(「プラットフォーム」、あるいは社会的な場「Social Field」)づくりを行う計画を進めていますが、その中で国の機構でいうと、当然国税局(財務省)がお酒で絡んできますが、国際貿易振興や産業振興、コンテンツ産業の発信等の側面では経済産業省やジェトロが、お酒や食文化を通じた観光や地域づくりについては国土交通省が、食文化の振興を通じた農業の振興や保全という点では農林水産省が管轄となります。

全ては「地域資源をベースにした産業化による振興と地域環境の保全による生活者の暮らしの向上」が共通のテーマ、ないし目的であると思うのですが、どこを切り口や取り組みの対象とするかによって変わってくるのです。

しかしながら、この不可分のテーマや専門性、さらには立場(産官学民、あるいは金融等)が広いフィールドを視野に入れて共通理解を進めながら地域をよりよくしていくために必要な協力を行っていくという、今まであまり機構化や社会的に明確に位置付けられてこなかった流れや機能というものが、社会的に求められている。時代の要請が高まっているのだと思います。

地域の産業支援施策の中では、農業がテーマであったり、観光が切り口であったりと、起業支援がテーマであったり様々な細部の違いはありますが、近年は上述した流れから、多機能で包括的に連携し、地域産業の側面的なバックアップを図っていく体制もちらほらと顕在化しているように思います。

そのような流れの中で、いかにして長期的な成果と短期的な成果をバランスをとり、成果の見える化や目標設定の最適化、叡智や実践の結集をし、「真の意味ある取り組み」として継続していくか、成果をあげるかがそれぞれの場面で求められています。

そんな中で、ISF(国際日本酒普及連盟)や弊社(久悦)も「間違いなくお役に立てる」、あるいは「意義ある取り組みをすでに構築している状態」の、存在として「地域資源をベースにした産業化による振興と地域環境の保全による生活者の暮らしの向上」に貢献していくことができればと考えております。

以下は、一応、フェイスブックに共有させていただいたコメントも掲載します。

===

● 意欲的にマーケットインを意識して色々取り組む生産者もいるが、プロダクト主義でまともな商取引きや柔軟な発信が出来ないことや、中には自分が目立ちたくてお客さんの気持ちを鑑みず「この方商品じゃなくて自分を売ってるね」と皮肉を言われる始末の人もいる。そして良いものを作っていても、このようなバランス欠如から次世代への継承がより困難になる。市場や制度の問題を挙げる人もいるが、生産者のバランス感覚、オープンマインド、マーケットインの感覚、マネジメントの欠如も現代の一次産業の現状を招いているのではないか。そのような現実に良く直面するので、岐阜大学の前澤先生のマーケットインの講話は色々と頷けるものだった。一つ思ったのは、マーケットインやOnetoOneという概念もあるが、これを進めて「ソーシャルイン」つまり市場が求めているニーズと重ねて社会的に求められるニーズやシーズを踏まえ消費者ニーズとバランスをとり影響を与え合うことの概念化も必要かと思った。

● JA愛知連合会のプレゼンテーションや浜松市商工会議所のプレゼンテーションもあり、非常に興味深く聞かせていただいた。JAの機構や事業への批判や商工会議所が仕事してるのか?といった批判も聞くが、熱心に意義ある取り組みのエッセンスを見させていただいた。批判対象だけにフォーカスするのではなく、学べることに目と心を開き自らの現状を省みることの重要性に気づかされた。

● 余談として、岐阜県の作成する特産品カタログが無駄に良い紙を使っているが中身がなく残念だった。先のマーケットインの話ではないが何のための冊子か不明。隣の長野県を大いに見習っていただきたい。

色々勉強になる会でした。

===

〔文責:宮田久司〕

15492570_1166369610082804_9014063937117668015_n

15541434_1166369863416112_6777756168258123833_n

15541587_1166369716749460_2061999128332641807_n