広域観光推進協議会を振り返って

先日、美濃加茂市の木曽川河畔を歩きながら、ふと過去のことに思いを巡らせることになりました。

かれこれ、間には色々と経験しましたが、観光や地域振興ということに仕事で取り組みはじめてもう10年以上になります。

私の最初の仕事は「日本ライン広域観光推進協議会」という愛知県犬山市、岐阜県各務原市、可児市、美濃加茂市、坂祝町の行政により構成される広域観光事業の事務局であり、当時、国土交通省「観光地域づくり実践プラン」の対象事業として進められてきた広域的な観光地域づくりを「官」を起点に、民間を巻き込んで振興するというものでした。

この事業が終わり、退職したのが2008年なので、もう9年も経つと思うと何とも、歳をとってしまった感が否めません。

そして、2017年の今年から(成果が出ず役割が不要になれば今年のみかもしれませんが…)は、岐阜県中津川市、恵那市の広域的な観光振興事業の運用を担う役割を請ける事になりました。

私の生まれたこの土地で、過去の経験も踏まえ、重要な役回りを担わせていただけることは、非常に光栄なことでもあります。

しかしながら、過去に従事させていただいた「日本ライン広域観光推進協議会」は事業的なアウトプットを見ると、確かに(私の力ではなく当時の上司や構成自治体、委員の皆様の尽力により)問題なく執行されているのですが、振り返って地域として何が残ったのか、果たして有益なアウトカムやインパクトを残したのか、地域的な資産を残すことができたのかと問われると、残念ながら胸を張って「YES」とは言い切れないというのが、私なりの反省点、振り返りの結果です。

では、何が反省点だったのか、そしてそれを踏まえどうすれば良いかということを、時代の変化も踏まえながら、ここで少し整理したいと思います。

今回については、私自身も以前よりは経験も、わずかなノウハウの蓄積もありますし、何より責任と権限も増しています。この機会は、地域にとって後先が無い貴重な機会であるということも認識している以上、意義あることを、先につながる方法や方向性を目指し、尽力したいと考えていますので、そのような点も含めて、以下に列挙します。

 

1.長期的な視野を見据えて構築されたものであったか?

今でこそ国際観光都市である飛騨高山も、50年前は斜陽化した林業とわずかな観光産業が残る山間の町でした。

1962年6月に「こども会」により始まった宮川 の清掃活動、1960年の高山祭の屋台の重要民俗資料の指定と翌年からの高山市の援助金の支給、1966年の「上三之町町並保存会」の発足など、小さな 動きからの集積と並行し、1963年に雑誌『暮しの 手帖』に「山の向こうの町」として紹介され、1970 年からは国鉄(当時)のディスカバージャパンキャ ンペーンで取り上げられるなど外部から脚光も浴びはじめ、観光地としての認知が高まりを見せました。

また、国際観光誘致にも早くから着手し、日本 政府観光局(JNTO)のフランスの駐在事務所に自治体職員を出向させるなど、官民を挙げて積極的な生き残り戦略を取り、その成果もあって、ミシュラン効果(2007年『ミ シュラン日本ガイド』でわざわざ訪れる価値のある 三ツ星観光地に選定された)も相俟って、昨今の外国人観光客の急増と、一大国際観光地としての地位を得ています。

ここでお伝えしたいのは、高山ですら、官民あげて多様な、かつ断続的な取り組みを、かなりの長期スパンで行い、その蓄積によって現在の状態まで持ってこれているということなのです。

地域観光の振興という物事を取り組むにあたり「予算が付いたから」、「2〜3年で事業を行い、あとは民間で自律的に・・・」という『淡い消化事業』であれば、祭りが終われば日常に戻るかのように、何も残らないということです。

リニア駅開設までに止まらず、(人口が半減するかもしれない)50年後を見据えて、地域振興や観光を見ていく必要があると思いますし、そのために何ができるか、誰が何を担うか、財源をどのようにするかを共に考え、創造し、執行するマネジメント体制や体系(システム)を「社会的インフラ」としての資産として想定し、構築・確立していくことが重要であると考えます。

そうでなければ、結果として「何も残らない」に等しい状況になることは必至でしょうし、様々な地域でよく見られる残念な事象と同じになってしまうことが懸念されます。また、一部の関係者は、このような事象がもたらされることを想定し、巻き込まれないよう「冷ややかに」眺め、ジャッジしているということももう一つの側面です。

 

2.市町における明確な政策的位置付けがあり、評価可能なものであったか?

地域の行政を始め中間団体が主導、関係する広域的な施策や事業において、便益を提供すべき対象は主に3つあります。

一つ目は、構成員である組織、すなわち行政(自治体)や観光協会などにとっての便益です。

彼らと事業において創出したい便益・価値と広域事業のそれが一致していない場合、そもそも事業は成立基盤を失います。
そして、それが例えば国の事業期間・補助が終われば解散、あるいは規模縮小という「金の切れ目が縁の切れ目」の結果を導くことにつながります。

従い、それら構成団体・組織の政策目標や評価基準と広域施策の目標や創出したい価値が一致しているかを考える必要があります。

しかしながら、構成団体自体はそもそも広域事業が価値があり、該当団体や地域にとって意義があるという位置付けや意味づけを自らがその物差しを持って評価するということが当たり前にある訳ではなく、むしろそのような評価軸は存在していないことの方が多いのではないかと感じます。

一時の庁内の空気や、個々人の感情や意欲の中で「広域は大事だ」という認識が生まれたとしても、その物差しを提示することがなければあくまで「その時の機運」や「個人の意見」にとどまり、霧散する可能性もあるということです。

そして、その結果が「金の切れ目が縁の切れ目」の結果を導きます。

つまり、構成団体にとって測定や評価が可能な指標や、それ(なぜその指標が重要となるか)を支える文脈を整理し、関係者の間でよく共有できるようにし、かつお互いが理解を踏まえた上で検証や修正を行えるようにしていくことが不可欠です。

二つ目は、受益対象者となる住民や価値創出の担い手となる事業者などにとっての便益です。

これは一つ目の構成団体にとっての便益とも連動するのですが、そもそもが構成団体の背後にある受益者(第一の顧客)は、地域住民であり、域内事業者ですので、それらがいかに生き生きと事業を展開し、顧客に価値を提供し、持続可能性や発展を実現できるか、あるいはそれらの生業や労働を含め、生活者としての満足度の向上に資することができているかということが重要になります。

受益対象者をセグメント分けし、いかなる受益対象者に対し、いかなる便益をもたらすことができるか、あるいは目論むか、そのために何をやるべきかの関係者間の議論と整理、またその上での方向性や施策、事業の創造を行うプロセスを省いて、長期的に地域が一体となって腰を据えた動きをしていくことは不可能でしょう。

それを顧みる必要があります。

三つ目は、地域にとっての魅力・価値を享受する顧客ないし潜在的顧客としての消費者です。

これは、域内の住民(消費者)ということもありますし、域外の消費者ということもありますが、何れにしても地域の自然などの公共財としての資源や、物・サービスなど域内事業者の手によって価値付けされた財・商品を通じて得られる満足度、豊かさということになります。

そして、そのバリューチェーンを支え、結果として全ての受益対象者にとっての価値・魅力を想定し、最大限の結果を導くためにコーディネートやファシリテーション、包括的支援を行っていくことが、広域事業には求められます。

そこには指揮者の小澤征爾氏が言っていたように、個々の演奏家の発したい音楽を否定せず活かしながらすり合わせ、結果として全体のピクチャー(世界観)を成立させ、聴衆の感動(満足)を呼び起こす結果に導くオーケストラの世界と似ているような気もします。

 

3.目に見えないものを可視化し、評価・分析できていたか?

長期的な視野で物事に取り組み、各受益者(ステークホルダー)にとっての関わる意義・便益を引き出すためには、目に見えないものを可視化し、評価・分析することが必要になります。

観光は、以前このブログでも取り上げたように「要素複合型結果産業」であるが故に、直ぐに結果に結び付くものでもありません。あるいは短期的な集客や売上高の向上を目指す特効薬的なイベントやディスティネーションキャンペーン(DC)のようなものが中期的に見ると決して地域にとって良い結果につながったと必ずしも言えないと良く言われるように、一見うまくいったものが、地域的メリットを評価してみるとそうではないということもあります。

そのような観点からも、事業を推進する上での求める成果と、それを得るために重要となる「在り様」、要素を整理していくことが必要となります。

例えば、新たな資本投下により格安のリゾートができ、集客を取り戻したとしても、他地域のセントラルキッチンで作られた他地域産の食材を使用した料理が提供され、資本効率が良く従業員を必要とせず(雇用を生まず)、決済も域外で行われ、他の箇所に寄り消費することなく高速道路や高速鉄道で帰られてしまうとしたら、数字上の「入込客数」が増加したとしても、地域的なメリット(波及効果)はあまり大きくはないでしょう。

ということは、地域としてのメリットを評価する際に、違う「鍵となる評価指標」(KPI)を用いる必要があります。

「要素複合型結果産業」ということで、創出された直接的な結果(集客、雇用、生産高など)を追うのみならず、価値を創出するための源泉(Performance capability)となる資産・資本(生態系としての社会関係資本や社会的共通資本)などを分析・評価することも重要になるでしょう。

そのような観点を踏まえ、何を大切にしたい指標か、地域にとって重要な指標かを整理することが重要になります。

過去の協議会では、このような物差しや分析ツールがあまり存在していなかったように思います。

 

4.地域資源の産業化と地域資源の保全に関する循環を意識できていたか?

地域の自然資産、人的資産、産業的資産、あるいは制度資本、社会関係資本、社会資本など地域資源・社会的共通資本は、住民の生業と結びついた産業によって成立し、その事業者の拠出する設備投資や生活者の拠出する財(租税や自治会費、ボランティア活動等)により再構築や蓄積がなされます。

生活のために産業が必要であり、林業、農業、流通業、旅客運輸業、飲食店、食品加工業、酒造業など様々なジャンルの産業がその重要な構成要素を担っています。

地域資源の産業化と地域資源の保全の両輪を担う事業者であり住民が、どのような形でそれをブラッシュアップしていくかについて、まずその必要性について理解し、施策として取り組むことが必至となると考えます。

その時、何ができるかについては、その地域の資源、担い手の現状や方向性、強みや性質などによってまちまちとなるかと思いますので、地域の実態に根ざし、インタラクティブに施策を整備し実行していくことが望まれます。

ここについて、答えは無いという面もありますが、以降に述べる「出口」と「生態系」についてはしっかりと把握し、検証しながら進めていく必要があると思います。

 

5.出口(販売チャネルやプラットフォーム)を見据え・繋げることができていたか?

目立つところでイベントをやり盛り上がったから良かった、地域でイベントをやりたくさん集客できた、体験観光プログラムで多くのお客さんに喜んでもらえた、百貨店で物産展をやったら売り上げが結構あった、旅行会社にツアー造成を委託してモニターツアーで来てもらえた…等、短期的な販売機会により売上や来客があったことは、良いことではあると思います。

しかしながら、これも「DC」と一緒で、一定期間のお祭りの部分は否めません。

長期的には、恒常的に地域に産業や文化として自然に根付くバリューチェーンをどう創造していくことができるか、あるいはその後押しができるか、またそれをブラッシュアップしていくことができるかということになると思います。

しかしながら、その出口は事業者の規模、商品の性質、あるいは商品化のプロセスによってまちまちになってきます。

受益者としての事業者をしっかりと分類し、誰にどのようなルートやマーケティングのための方策や機会を提供・提案していくことがベストなのかを常に考え巡らせることが不可欠になると思います。

先の産業化の話とも重なりますが、そのようなきめ細かい動きは、行政では不可能です。観光協会でも、商工会議所でも不可能です。というのは1セクターができることが限られているからであり、抱える資源が限られているからです。

広域的な、多様な機関・団体が関わることの意味はそこにあり、それぞれの引き出しの中で何ができるかを共に考え、また情報を得て、学び、実施や検証を行っていくことが重要になります。

イベントが間違っているわけではなく、それらが結果的により最適な出口の創造・結合に結びつくかを見据えることが重要になります。そこで「マーケットイン」の視点が重要になるのです。

 

6.人を活かすことができていたか?(生態系のマネジメント)

実は以前の協議会においても「人」の存在は重要であるという考えがあり、「町衆」を取り上げ、取材が行われ、コンテンツ化されて「出版」されたりもしました。

日本は四季によって自然が様々な表情を見せ、飽きさせないばかりか風物詩としての特別な経験や感情を与えてくれます。

それと同じように「人」は、その情熱や関心、探求をする者として、常に新しい創造性をその対象に加えてくれます。

探求熱心な料理人は新たな技術、四季の素材、多様な食材、新たな知見から、私たちに新しい経験・感動をもたらしてくれますし、音楽家も、体験プログラムのインストラクターも、特産品を開発する人も、様々な人がその専門性や献身性、探求、創造性から新たな価値をそこに吹き込みます。

それは、例えば域外から来る消費者にとってその土地の、飽きさせない要素になり、目的地(ディスティネーション)にもなり得ます。

見るだけで「一回行ってみたら十分」という固定化された価値と違い(それが良くない訳ではなく一定の価値はあるのですが)何度行っても価値がある、何度でも行く価値があると思わせる源泉が、そこ(つまり「人」)にはあります。

また、生き甲斐としての人の自発的な行動が、地域の自然や景観の美しさを整備する際に役立ったり、地域の文化的価値をもたらす背景の整備に役立ったり、まさに多様でユニークな個人がそこに存在しています。

それをコンテンツ化し、「出版」というアウトプットをすることで区切りをつけるのではなく、その重要な資産をどのように把握し、情報を活用するかという「生態」の把握・活用と、その人(あるいは事業者)たちがどのようにバリューチェーンの中で価値の連鎖(つながりのパス)としてつながっているか、それをどのようにアレンジしていくとより良いのかという「生態系(エコ・システム)」の把握や活用・アレンジも必要になります。

それにより価値を提供できる深さや幅が広がったり、顧客や販売チャネルを融通することによる相乗効果が生まれたり、顧客が求める価値に応えるポテンシャルが広がったり、すなわち喜んで地域的に「お金が落としてもらえる環境の創出」につながってくるからです。

 

7.消費者と、そして地域の担い手と価値観を共有・共創することが不可欠になる

以上は、あくまで過去の反省を踏まえ、今自らが留意すべき事項を簡単に、思いつくままに羅列しただけのものですが、私個人としては、これからは観光や地域振興を取り巻く価値観を(上述した3つの受益者を中心に)全てのステークホルダーの間において転換していくことが不可欠になると考えています。

まず、地域においては人口減少が運命付けられていますが、その分を他地域からの観光客で埋め合わせたり、移住を促すことでカバーしようという考えが最近は主流ですが、原則として地方の人口パイや経済的パイは縮小こそすれ、拡大・発展はしないという前提を押さえておく必要があると考えます。

地域間競争を制し、その地域の縮小が食い止められていたとしても、他地域の人口が減少したり経済環境が厳しくなったりした場合には、結果として他地域にある顧客のパイが縮小しており、特に意味をなさないという結果になります。(参照『地方創生にこそ「量」ではなく「質」を』

また、上記の観点と合わせ、経済学者の水野和夫氏が述べるように「閉じた地球」、すなわちフロンティアに対する限度が挙げられる現代の経済環境の中で、資本収益率(ROE)などの最大化を常に実現しなければならない資本「主義」の考え方が限界に達しており、資本効率を上げるために労働効率・収益率を高めることで労働者が不要になり、あるいは安い労働力に代替されることで、一部の豊かな資本家(国家)と貧しい労働者(国家)という社会的・経済的分断が起こっており、それにより実体経済における資本収益率自体が陰りを見せるという「資本効率の追求と社会的分断のパラドックス」が起こっている現実を見ると、全体としてみた場合に移住者や観光客の奪い合いに焦点を当てることは、長期的・大局的にはあまり意味をなさないというのは、より実感できるのではないでしょうか?

それは、一度、経済成長や発展、競争という観点・価値観から思考を脱し、豊かさとは何か、それを実現する手段とは何であり、いかにして我々の現在や子孫のこれからの豊かさを担保するかについて、共に考えなければならない時期にさしかかっているということではないのかと思います。

食文化に関して言うと、「テロワール」(土地固有の自然の恵み)を反映した多様な食文化は、人々の文化的多様性をもとにした楽しみ(文化的経験)を享受する意味において不可欠なものであり、それゆえに守られ、育まれることが人類の豊かさを実現する上で意味・価値を持ちます。

では、それを担保するためにどうすれば良いのか?

先のステークホールダー別で見ると、まず社会資本や制度資本を管理・運営する行政をはじめとした中間機関・団体としては、その価値・意義を見せ、価値や希少性を示すための制度資本や背景となる文脈の整理が必要になるでしょう。文脈とは環境、農業経済、地理学(文化地理学)、歴史学、産業政策と言った多様な観点から情報を組み立てていくことが必要になります。

原産地呼称管理制度というのも、確かに一つの制度資本になるとは思いますが、このようなすでにある取り組みも鑑みながら、試行錯誤していくことが求められます。

一方、生産者や供給者は、そのような固有性という価値、背後にある価値を見せながら消費者に妥当な価格での購買(選択)を促していくことが必要になります。その土地ならではなの安全で安心、特徴的で美味な食材・料理を提供し、価格としても反映させていく提案が必要になります。

先日、南仏のオクシタニー地域圏に行った際には、同地は自然な栽培方法による地域産の野菜や肉といった食材が豊富で、もちろんワインもそうなのですが、レストランではそれを価値としてしっかり前提として見せ、取り扱っている様を体感しました。

逆に、宿泊したレストランの食材にドイツやポーランドと記載されているものもありましたが、その際には私たちのパートナーであるフランス人は「何故?」と非常に不満気な様子であったのも印象的でした。

提供者がしっかりと選定して提供すると同時に、消費者もそれを価値として判断・選択する環境は、果たして現在の日本の地方にあるのかと問われると、まだ需給の両面からの社会環境整備・認識や価値観の共有についてはこれからと言わざるを得ません。

消費者にも同じことが言え、近年増加傾向にあるかとは思いますが、まだまだ十分に判断・選定しているとは言えませんが、潜在的には掘り起こすだけの需要が眠っているように思いますし、そのような価値観を喚起していくことが、先を見据えた時に重要になると思います。

しかしながら、やはり消費者とはあくまで受け身であり、提供されている財・サービスの中から選択して消費するというのが現状です。

まず、供給者が価値観や信念をもち、必ずしも利益率が高く流通に効率的とは現状言えない地域(郷土)商材を扱っていくことができるかに懸かっているということが言えます。

その際、大資本、大規模小売店やレストランチェーンは非効率なこれらの商材を扱うことは難しいことを考えると、そこに地方の中小企業、個人事業主、酒販小売店、地域の飲食店などのコミュニティ性の高いビジネス(事業体)が担い、ほどほどに機能して貢献できる余地、差別化でき価値を見せる余地があるのではないかと考えます。

そのような循環は、消費者の価値観や地域的な価値観にも影響を及ぼし、結果として他の生産者にも影響を与え、流通上の付加価値(余剰)としてもオンすることができ、結果としてボチボチ成り立ち、美味しいものが食べれて、それなりに豊かな地域社会の経済循環創り、文化創りに役立つのではないかと思います。

そのように社会的な「価値観」も含めて消費者に提案するとともに、社会的なニーズも含めた潜在需要を喚起し財・サービスを提供する視点を私は「ソーシャル・イン」という造語で言っていますが、この視点が社会的な価値観の転換と人々の豊かさの保全・共存を背景とした実体経済に基づく余剰を生む経済循環モデルとしての「価値経済(Quality Economy)」(但し、この概念が厳密に価値や意味を持つかの検証や数量的なモデル化はしていないのであくまでザクッとした概念の提唱に留まってしまいますが…)の創造に、地方が向き合い、取り組んでいくことにつながるのではと考えています。

長期的(50年後を見据えた時)には、これが鍵ではないかと思い、いつかもっと突き詰めたいとも個人的には思っている次第ですが、なかなか突き詰めれていないという情けない現状もありますが。。。

 

【文責:宮田久司】

地域産業・観光振興施策と「統合型地域経営」

やっとのこと、藻谷浩介氏と山田桂一郎氏が共著されている新著『観光立国の正体』(新潮新書/2016年11月)を一読することができました。

アマゾンの読者評などでは「批判的すぎて建設的ではない」というようなコメントも見受けられますが、地域の現場に携わり、建設的な取り組みを進めようとする人間からすれば、これだけ批判をしてもし過ぎることはないというくらい、地域の建設的でない人間を客観的に「不易であると位置」づけるという建設的な批判であると受け止めることもできるのではないかなと思います。

近年は、国は観光立国の重要性を謳い、確かに外国人観光客の数も大幅に増え、インバウンド人口の総数など見ても、国の政策目標を上回る訪日観光客が来訪していることがわかります。

 

しかしながら、本書に述べられているように・・

● 果たして事業者の付加価値を高め、長期的に見て魅力ある観光地やサービスづくりがなされているか?
● 観光を振興することが、地域にとっていかなる意味を持ち、関係者の理解と参画意義の元に観光地域が形成されているか?
● そのような観点を含め、観光協会や地方自治体などが適切な施策を打ち出し実行されているか?
● 消費者の時代背景も捉えた潜在的ニーズに対応する形で価値の構築や魅力の発信、来訪までの動線が設計されているか?

など疑問点であり、解決策を見出し、地域として共同で解決していく断続的な取り組みが求められます。

 

私自身も、このような地域の現場にも少なからず携わらせていただく中で、第一に思うのは、「観光や地域振興はあくまで地域にとっての手段」である。ということです。

何のための手段かというと、その土地に住む人や接点を持つ人が短期的にも長期的にもその土地(地域)と接点を持つことで健康的な生活(マズローの欲求レベルの底辺)や文化的豊かさ(比較的高次な欲求)を満たすことにつながり、結果として人々の幸福に資することができるかということでしょう。

以前に「要素複合型結果産業としての観光」の中で述べたように、その地域の人々の生活に還元でき、かつ観光的顧客に当たる顧客に対して価値経験を提供できるよう、「地域資源」をベースにした産業化を図り、価値経験を提供し、売上を上げることで「地域資源」であり、それを構成する最も重要な要素のうちの一つでもある住民の生活や、地域環境の保全へと循環させていく。

公共セクターの財政も補助輪として、この経済的循環を確立させていくことが重要になると考えます。

 

そんな中で、よく地域の振興施策、観光施策として散見されるのが、『観光立国の正体』でも槍玉に挙げられている「イベント」や「キャンペーン」、「PR」、「スタンプラリー」、「モニターツアー」などの単発型の「打ち上げ花火」でしょう。

こういったものは、一つの促進剤として有効であると言えるかもしれませんが、全体の振興戦略の遂行や制度資産、地域の「見えない」資産(ストック)を高める上でしっかりと戦略的、政策的位置付けをして実施をしなければ「何も残らない」ばかりか、「残念さ」が残る結果となってしまいます。

近年、ある県で実施したスタンプラリーでは、応募するとその地域特産の高級和牛が当たるという触れ込みでしたが、応募数が少なく、たまたま県の職員が応募したら当たった!とか・・・

そんな「残念な」「打ち上げ花火」だけは避けたいものですが、本事業は果たして検証されたのか、また同じようなスタンプラリーが行われたらどうしようかといった懸念はぬぐえません。

事業の中に、しっかりと計画し、実施し、検証し、次にステップアップできるマネジメントサイクルを組み込んでいくことが不可欠でしょう。

 

また、今日では一事業者、1セクター、一地域といった既存の枠に囚われていては「求める結果」「ベストの未来」に対して有効かつ効果的なアプローチができないということも言えます。

それは、前例踏襲で物事を進めていけば良いという「古き良き」時代から、未来を見据えしっかり課題解決をしていかなければ先が見えない(創れない)時代へと変化しているからに他なりません。

地域の中小事業者、農林水産の担い手は、確実に減少していますし、減少していきます。

それは、地域密着の最たるものでもある酒造業界でも顕著です。20年前に比べ4分の3の水準に減少していますし、その流れはこれからも進んでいくものと予測されます。

 

そんな、「地域振興」や「観光」と言ったキーワードに触れ、いろいろと物事に関わらせている時に浮かんだ概念が「統合型地域経営」というものです。

もう随分と経ちますが、以前「マーケティングコミュニケーション」の世界では「統合型マーケティングコミュニケーション」というものが一時のトレンドになりました。

それは、Wikipediaを見ると「外部環境と消費者データを踏まえ、ターゲット・オーディエンスに対してブランドを統合的なメッセージでコンタクトさせ、納得してもらうトータル・マーケティング・システムである」と書かれていますが、要は「ブランドを構築するために顧客視点からあらゆるマーケティングコミュニケーションのための手段や手法を一貫性を持って展開していくためのプログラム化された手法」といったところでしょうか。

その細かい手段に「CI」や「CM」、「有料・無料パブリシティ」や「キャンペーン」などが展開され、日本でもこの手法がもてはやされ、「広告マン」や「ストーリー化された広告宣伝手段」が「カッコイイ」とされた時代がありました。

 

それとは違いますが、地域振興や観光というものを捉えた時には、やはり「受益者としての生活者」と「顧客としての消費者」との幸せな結びつきを支え、持続可能な形で地域的価値を高めていくための「統合的アプローチ」の重要性を実感するに至っています。

そして、現段階では、その重要な視点・構成要素は以下の3つのポイントにあると考えています。

 

① 「地域振興・観光推進」施策を切り口に
地域振興や観光推進は、特に外貨を得ることに必要性を感じ、域外の消費者に対し財・サービスの提供をし、対価を得る地域事業者や産業が存在する地域にとって、その外貨獲得の手段として不可欠な視点であり、取り組みであると考えます。
その中で、地域全体で顧客需要から発端となった「地域のイメージ」や「ストーリー」といったエリア・ツーリズム・マーケティングも必要となりますが、それ以上に、地域内事業者が地域的資源を背景に、それを活用した財・サービスの創造と販売が重要となります。そして、その担い手としての事業者が潤い、顧客満足度を高め、その連鎖や集積を高めることが重要になります。
担い手がどれだけ「顧客としての消費者」に対し「価値経験」を提供できたかが、結果として地域における観光的波及効果にもつながりますし、「地域ブランド」の実態を構成する要素につながります。
また、地域振興や観光振興のための施策は、「担い手」の新規の参入も含めた価値創造や既存資源のブラッシュアップによる価値向上を支えることが、そのためのキーファクターとなります。

② 有効な内外の「連携」を構築
また、「顧客としての消費者」に対し、地域としてより高い価値を提供することにつながり、かつ域内の「受益者としての生活者」にとっても最大の便益が得られる形を実現するために、より「効果的」な取り組みとともに「関わり方」も重要になってきます。
その域内の連携が、個別のノウハウや価値向上のための努力とともに、効果を高める潜在的な力を高める重要な要素となります。
現在、産官学民や金融等の有意義な連携や市町村等をまたいだ連携、分野を超えた連携等により、最大かつ効果的な結果に結びつけるための模索が各所で行われていますが、これは非常に有益なことであると考えます。
一方で、どう関係者を位置付け、「総論賛成各論調整」で有益な連携体制を構築していくか、また舵取りを行っていくかについては多様な知見と物事を総合的に繋げていく遂行技能(スチュワードシップ)、合わせて新たな情報や学びに心を開き学習していく「開かれた思考」「開かれた心」「開かれた意思」が重要になります。
そのような観点を含め、「信頼と互恵に基づく社会的関係(すなわち「社会関係資本」)」の創造とそのための技能や手段が求められます。

③ 「地域経営」の枠組みの導入
また、地域としての実践には「やりっぱなし」ということがよくあり、これが「打ち上げ花火」と言われる所以なのですが、企画ものに予算をつけ、まず3年やって終わり。というケースが殆どです。
そして、結果として地域に何が残ったのか、よくわからないまま、今まで起こったことは当事者の頭のの中でも忘れ去られ、また新しい「打ち上げ」プロジェクトが誰かの発案で開始されるのです。
そうではなく、しっかりと「受益者」や「顧客」を定義付け、その事業を行うことが何処の誰に、いかなるメリットを提供し、受益者の具体的にどのような便益、すなわち成果の向上につなげていくのか、あるいは波及効果を目指していくかをしっかりと見越し、その上でその成果指標を整理し、その目標を達成するためにより効果的なアプローチを「計画」していくことが重要です。これが「PLAN」の段階。
そして、それを現場の知恵を綜合しながらより有効な形で実践していく「DO」の段階を経て、しっかり計画と実行の過程で出てきた評価指標(目論見)と実践で挙がってきたデータや発見、知恵、そして良くも悪くもフィードバックやギャップ、顕在化されたニーズなどを元にしっかり検証(「CHECK」)し、次のより有益かつ意義ある施策や取り組みにしっかりと反映させていく「ACTION」が必要となります。
もはや、「地域を経営」するのは行政でもなければ政治家でもないというのが私感です。しっかりと「プログラム(すなわち政策)」を執行管理できる妥当な執行役がそのパートを担い、最大限の効果を上げていくことが重要になると思いますが、それをしっかり判断するためにも「地域経営」の枠組みが「制度資本」(地域のオペレーティングシステムという見えない資産)として必要であると考えられます。
このような「地域経営」という概念を最初に提唱し始めたのは、個人的にも知っている地域経営研究所の海野進さんという方だと思うのですが、そのプロトタイピングを各地域で「振興施策」を担う人には実践していただきたいと思います。

 

『①「地域振興・観光推進」施策を切り口に』『② 有効な内外の「連携」を構築』し、『③「地域経営」の枠組みの導入』を計画し、執行していくことは、結構至難の業でしょう。

決して一人の力、一つのセクター、一つの専門分野でできるものではありません。そこに行政、大学、産業界、観光協会、銀行など多様なセクターが関わり、「地域の課題解決」や「ビジョンの創造と現実化」を共に進めていく意味と意義、必要性があります。

既に「出現している未来」に対し、皆でこの点に向き合っていけると良いと思っています。また、個人的にもこの「統合型地域経営」の細部と実践をより明確に示していければとも考えております。

〔文責:宮田久司〕

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